再発した胃がんが漢方薬だけで縮小 

Mさん(75歳、女性)は胃がんで幽門部胃切除を受けました。リンパ節に転移が認められたため、主治医は手術後に抗がん剤のTS-1による治療を勧めましたが、ご本人は拒否しました。9ヶ月後の血液検査で腫瘍マーカーのCEA17.6 ng/ml(正常は5ng/ml以下)と上昇しており、CT検査で腹部大動脈周囲のリンパ節の腫大を認められ、再発と診断されました。そのため、主治医の意見に従いTS-1を服用するようにしましたが、食欲不振や吐き気や倦怠感といった副作用が強く出たため、抗がん剤治療を止めたいということで来院されました。そこで免疫力を高める生薬と抗がん作用のある生薬を組み合わせた漢方薬を処方して服用してもらいました。
TS-1は中止して漢方治療だけを行っていましたが、CEAの数値は漢方薬を開始して1ヶ月後に15.3ng/ml、3ヶ月後には10.2ng/ml、5ヶ月後には5.8ng/ml、7ヶ月後には3.8ng/mlまで低下し、CT検査でも腫大していたリンパ節は著明に縮小していました。その後も漢方治療だけを続けていますが、2年たった時点でもCEAは正常範囲を維持し、体調のよい状態で生活しています。

主治医は副作用を我慢してでも抗がん剤治療を続けるべきだという意見で、漢方治療には反対していましたが、実際に漢方薬だけで腫瘍が縮小し、腫瘍マーカーも低下したので、驚いていました。

この方の処方は、1日分が、紅参(コウジン)6g、黄耆(オウギ)10g、白朮(ビャクジュツ)6g、茯苓(ブクリョウ)3g、陳皮(チンピ)2g、炙甘草(シャカンゾウ)2g、大棗(タイソウ)3g、生姜(ショウキョウ)2g、当帰(トウキ)6g、芍薬(シャクヤク)6g、女貞子(ジョテイシ)6g、丹参(タンジン)6g、桂皮(ケイヒ)2g、白花蛇舌草(ビャッカジャゼツソウ)15g、半枝蓮(ハンシレン)15g、梅寄生(バイキセイ)6gでした。

紅参や黄耆や梅寄生は体力や免疫力を高め、白花蛇舌草と半枝蓮はがん細胞を死滅させる効果があります。その他の生薬も胃腸の状態や血液循環を良くして治癒力や抵抗力を高めます。

再発したがんが漢方薬だけで縮小することはそれほど多くはありませんが、進行を遅らせる程度の効果はよく経験します。CEAの数値の推移を以下の図に示していますが、この方の場合は漢方治療が非常に良く効いた例です。

漢方薬で増殖が抑えられた肺がんの症例 

Yさん(初診時73歳、男性)は肺腺がんにて手術を受けました。リンパ節に転移がありstage 3Aの診断で抗がん剤治療が開始され、ジェムザール+パラプラチンを4クール終了した時点で肺炎のため中止しました。その後UFTを服用しましたが、血小板減少で中止し、何もしないで経過観察することになりました。
1年後に肋骨に転移がみつかり、CTでリンパ節転移腫大、腫瘍マーカーのCEAは6.0に上昇しており、4ヶ月後には10.6まで上昇しました。
白血球や血小板の数値が低い状態が続いており、体力低下の度合いも強いので、抗がん剤治療は困難という判断になり、緩和ケア以外は何も治療は行わないことになりました。
そこで漢方治療を開始することにしました。抗がん作用のある生薬(半枝蓮、白花蛇舌草、竜葵)、免疫力を高める生薬(霊芝、チャーガ)、体力を高める生薬(紅参、黄耆、麦門冬)、血液循環や解毒機能を高める生薬(当帰、芍薬、川芎、地黄、桂皮、紅花、鶏血藤、丹参など)を組み合わせた漢方薬のみで治療を開始しました。
治療を開始して、腫瘍マーカーのCEAは低下し、6ヶ月後の検査ではCEAは基準値(5.0ng/ml以下)まで下がり、その後も多少増減しながらもCEA値は3~4ng/mlの間で維持されました。CTでの腫大したリンパ節も縮小していました。
CEAが基準値内に入って8ヶ月後に一旦漢方治療を中断したところ、漢方薬を中断して4ヶ月くらいするとCEAが上昇し始め、5.8になったので再び漢方治療を開始しました。すると、CEAは再度低下して、現時点で約10ヶ月間くらいCEAは正常値を維持しています。このような経過で漢方治療を開始して3年間以上が経過し、現在76歳でがんと共存した状態で、QOLは極めて良く通常の生活が送れています。

この方のCEA値の推移を下図に示していますが、再発した肺がんが漢方薬によって増殖が抑えられた例です。腫瘍マーカーのCEAが正常になったので、しばらく漢方治療を中止したら、またCEAが上昇したので、漢方薬を再開するとまたCEAが正常化したことから、漢方薬が肺がんの増殖を抑えていることが示唆されます。

がん治療における漢方治療の目的とは 

がん治療の状況に応じた適切な漢方薬を併用すると次のようなメリットがあります。
(1)標準治療の副作用や合併症を予防し回復を促進する
手術や抗がん剤や放射線治療による組織破壊や、それに伴う臓器や組織の機能失調などが引き金となって、消化吸収機能が低下し食欲不振となり、それがさらに体力の低下を生むという悪循環を形成します。この悪循環を断ち切るために、組織の血液循環や新陳代謝を促進し、消化吸収機能を高めるように作られた漢方薬は有効です。 
体力や免疫力を高める漢方薬は感染症全般に対する抵抗力を高める効果があります。体全体の治癒力を高めることはがん治療に耐える体を作り、回復を促進することになります。
(2)がん化学療法や放射線療法の効果増強作用
漢方薬は放射線・化学療法あるいは手術による生体機能の障害を防止・矯正することにより、これらの治療効果を高めることができます。栄養状態や免疫力が高いと抗がん剤はよく効き目を現します。血液循環を良くする漢方薬は腫瘍組織における血行改善による治療効果の増強が期待できます。
(3)進行がんや末期がんにおける症状の改善 
漢方治療は、がん病態における生体側の異常を是正することにより全身状態の改善やQOL(生活の質)を高めることができます。末期がんの状況においても、痛みや食欲不振や倦怠感など様々な症状の改善に有用です。栄養状態や症状の改善は延命につながります。
(4)がんの再発を防ぐ
生薬は免疫増強作用や抗酸化作用をもった成分の宝庫です。さらに、血液循環や胃腸の状態を良くして体の治癒力や解毒力を高める効果を発揮します。炎症やがん細胞自体を直接抑える生薬も知られています。これらの効果を組み合わせると、がんの再発や進展を予防することができます。実際に、高麗人参や十全大補湯などの生薬・漢方薬による発がん抑制効果が、動物実験や疫学調査で明らかになっています。
(5)新たながんの発生を防ぐ
一つのがんを克服しても、またすぐ別のがんが発生するようでは元も子もありません。一つのがんが発生したということは他のがんが発生するリスクも高いと言えます。がんは体の免疫力や抗酸化力など自然治癒力や生体防御力が低下してくると発生しやすくなります。組織の血液循環や新陳代謝が低下した状態は組織の治癒力が低下して、がんになりやすい状態にします。漢方薬によって消化管の働きや、組織の血液循環や新陳代謝を良好にし、さらに免疫力や抗酸化力を増強するような天然の生薬の相乗作用によってがん体質を改善することができます。
(6)がんの進行を抑えたり、縮小させる
直接局所のがん巣を完全に取り除くためには漢方薬は理想的な薬とはいえず、西洋医学の治療手段には及びません。しかし、ある種の生薬(抗がん生薬)にはがん細胞に対する増殖抑制作用や、アポトーシスや細胞分化の誘導作用なども認められています。標準治療が効かなくなった段階でも、漢方薬でがんが縮小する場合もあります。

さて、がん治療における漢方治療の主な役割は、「標準治療の補完」として「標準治療の副作用軽減と抗腫瘍効果や再発予防効果の増強(上記の1、2)」や「症状や生活の質(QOL)の改善(上記の3)」や「がんの発生や再発の予防(上記の4、5)」にあります。一方、がんを直接縮小させる効果は弱い、あるいはほとんど無い、というのが多くの意見だと思います。がんを縮小させる効果(上記の6)に関しては西洋医学の標準治療に比べて弱いのは確かですが、抗がん剤が効かなくなったがん患者さんが漢方治療だけで腫瘍が縮小したり、増大しない状態が何年も続く「がんと共存した状態」を経験することは、それほど珍しくはありません。
滋養強壮作用や免疫力増強作用だけの生薬の組合せでは、がんの縮小は得られませんが、抗炎症作用や抗酸化作用や抗がん作用のある生薬を多く使うと、がんの増大を抑えたり、縮小させることができる場合があります。

植物には様々な機序で抗がん作用を示す成分が多数見つかっている 

野菜や薬草や生薬などの植物から、がん細胞の増殖を抑制したり、アポトーシスや細胞分化を誘導するような成分も見つかっています。現在使用されている抗がん剤のなかにも、植物由来成分から開発されたものが多くあります。
例えば、抗がん剤の分類の中に「植物アルカロイド」と言われるものがあります。アルカロイド(alkaloid)という言葉は「アルカリ様」という意味ですが、窒素原子を含み強い塩基性(アルカリ性)を示す有機化合物の総称です。植物内でアミノ酸を原料に作られ、植物毒として存在しますが、強い生物活性を持つものが多く、医薬品の原料としても利用されている成分です。モルヒネ、キニーネ、エフェドリン、アトロピンなど、医薬品として現在も利用されている植物アルカロイドは多数あります。
抗がん剤として使用されている植物アルカロイドとして、キョウチクトウ科ニチニチソウに含まれるビンクリスチンビンブラスチン、イチイ科植物由来のパクリタキセルなどがあります。塩酸イリノテカンは中国の喜樹という植物から見つかったカンプトテシンという植物アルカロイドをもとに改良された誘導体です。
抗がん剤開発の過程では、生薬を始め多くの薬草の抗がん活性がスクリーニングされてきました。しかし生薬の抗がん作用のスクリーニングの過程では培養したがん細胞を直接死滅させる効果や、ネズミに移植したがんを縮小させる効果の強いことが選択の基準とされてきたため、がん縮小率は低くても延命効果という面から有用な植物成分の多くが見逃されてきました。
植物に含まれる抗がん作用をもつ成分の多くは、腫瘍縮小率から評価すると、化学薬品の抗がん剤の効果に及ばないのですが、副作用が少なくしかも腫瘍の増殖を有意に抑制できるようなものは腫瘍の退縮につながります。腫瘍縮小率が0であっても、がん細胞を休眠状態にもっていけるものであれば延命効果は期待できます。このような薬剤は、従来の抗がん剤の評価法では無効と分類されるものですが、がんとの共存を目指す治療においては極めて有用と考えられます。
このような抗がん作用の作用機序として従来は、免疫力を高める作用や抗酸化作用や抗炎症作用、あるいは漠然とアポトーシスを誘導する作用や細胞分化を誘導する作用などが言及されてきました。
最近では、がん細胞の増殖メカニズムが明らかになってくるにつれ、増殖や細胞死や転移に関わるシグナル伝達経路や転写因子や遺伝子発現調節(DNAメチルかやヒストンアセチル化によるエピジェネティクス)などが具体的なターゲットとして研究されています。このような作用機序による抗がん作用は、がん細胞を直接死滅させる効果は弱いのですが、副作用が少ない条件でがん細胞の増殖抑制や分化誘導などの効果が期待されています。

天然成分の相乗効果を目指した漢方薬の抗がん作用 

植物成分にはAMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化する成分が存在する合目的な理由があります。植物は捕食者(動物や虫など)から食い尽くされて絶滅しないように、いろんな防御機構をもっており、捕食者のミトコンドリアでの酸化的リン酸化やATP合成酵素を阻害することは捕食者に対する攻撃になるのですが、この作用(ATP産生減少)がAMPKの活性化につながります。
また、ヒストンのアセチル化やDNAのメチル化などのエピジェネティックな遺伝子発現調節に作用して、植物成分が抗腫瘍効果を示す可能性も指摘されています。
生薬成分や漢方薬には抗がん剤のように強い殺細胞作用は無いのですが、がん細胞のシグナル伝達や遺伝子発現に作用することによって抗がん作用を示すことは十分に可能性があります。
エピガロカテキンガレートやレスベラトロールは食品成分としてポピュラーなので、多くの研究がなされていますが、まだあまり研究されていない生薬成分にエピガロカテキンガレートやレスベラトロールよりも強い抗がん活性をもったものが存在する可能性は高いと思います。
私が行っている漢方がん治療は、先人の経験から学んだ処方がスタートですが、シグナル伝達や遺伝子発現に作用する生薬成分を積極的に使用するようになってから、がんに対する効き目が高くなったように思います。
さらに、がん細胞の増殖シグナル伝達(MEK/ERKやPI3K/Akt/mTORC1など)の抑制や、AMPKやFOXOを活性化する食事療法(中鎖脂肪ケトン食)や医薬品(メトホルミン、イソトレチノイン)やサプリメント(L-カルニチン、ジインドリルメタン、シリマリンなど)を組み合わせると、漢方薬の抗がん作用がさらに強くなるように感じています。

図:成長因子や増殖因子などによる増殖刺激によって、がん細胞はRas/Raf/MEK/ERKシグナル伝達系やPI3K/Aktシグナル伝達系のタンパク質がリン酸化されて活性化され、転写因子FoxOのリン酸化による不活性化(核外移行)などによって、がん細胞の増殖や浸潤や転移や抗がん剤抵抗性が亢進する。
漢方薬に含まれる生薬成分には、これらの増殖シグナル伝達系を阻害したり、AMP依存性プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化、ヒストンのアセチル化やDNAメチル化などの遺伝子のエピジェネティクスによる発現調節に作用する効果などが報告されている。
漢方薬はこのような作用機序の相乗効果によって、がん細胞の増殖や転移や抗がん剤抵抗性を抑制する効果を発揮する。さらに漢方治療は免疫増強作用や抗酸化作用や抗炎症作用によってがん細胞の増殖や進展を抑える作用もある。このような漢方治療に、中鎖脂肪ケトン食、メトホルミン、イソトレチノイン、L-カルニチン、ジインドリルメタン、シリマリンなどを併用するとさらに相乗効果が期待できる。