肝臓と肺に転移した卵巣がんの進行がストップ 

Tさん(66歳、女性)は3年程前に卵巣がんで手術と抗がん剤治療を受けました。1年半程前から卵巣がんの腫瘍マーカー(CA125)が上昇し、再度抗がん剤治療を受け腫瘍マーカーは正常範囲まで低下したので抗がん剤治療は中止になりました。しかし、その6ヶ月後には再び腫瘍マーカーが280まで上昇し、検査の結果、腹部のリンパ節や腹膜に再発していることがわかりました。再度、抗がん剤治療を行いましたが、薬が効きにくくなっており、腫瘍マーカーが徐々に上昇して、4ヶ月後の検査では450まで上がりました。
抗がん剤の種類を変えて治療してもまた再発する可能性が大であり、免疫力や体力を温存した方が延命できそうだと判断したTさんは、抗がん剤治療を拒否し、抗がん漢方薬とサリドマイドなどの代替医療を受けることにしました。
そこで、抗がん生薬(莪朮・三稜・半枝蓮・白花蛇舌草・竜葵など)を含めた漢方薬を処方し、抗マラリア薬のアルテスネイトと血管新生阻害作用を持つサリドマイドとCOX-2阻害剤のセレコックス(celecoxib)を組み合わせた治療を開始しました。2ヶ月後の検査では腫瘍マーカーは310に下がり、6ヶ月後は290と横ばい状態が続いており、がんの進行がストップしていることが示唆されました。

抗がん漢方薬のがん細胞を殺す作用は弱いのですが、がん細胞の増殖を抑える効果があるため、再発の予防に役役立ちます。サリドマイドで血管新生を抑制することはそれだけがんの増殖を抑えることになります。COX-2阻害剤は多くのがんで予防効果が報告されており、がん細胞をおとなしくする効果があります。さらに抗マラリア薬のアルテミシニン誘導体には既存の抗がん剤とは違った機序でがん細胞を殺す作用があります。これらはほとんど副作用がないため、これら4種類の治療を組み合わせれば、副作用なくがんの増殖を抑える効果が期待できます。

このような治療はがんの休眠療法(Tumor Dormancy Therapy)としての意義があります。がんの縮小効果(奏功率)の高い抗がん剤治療が必ずしも延命に結びついていないため、がんを「小さく」できなくても「大きくしない」あるいは「進行を遅らせる」方法もがん治療として価値があります。

漢方治療で使われる生薬の中には、がん細胞の増殖を抑制する成分、免疫力を活性化する成分、酸化ストレスを軽減させる成分、血行改善・血液浄化を促進する成分などが多数含まれており、がん細胞と生体の双方からがんの静止や休眠を誘導させる手段の一つとして極めて有用です。漢方治療に、血管新生阻害剤やCOX-2阻害剤、抗がん作用のあるアルテスネイトのような薬を組み合わせれば、さらに効果的にがんの休眠療法が実践できます。

腫瘍の体積が2倍になる時間を体積倍加時間(Doubling Time, DT)といっています。一個のがん細胞が30回分のTDを経て約10億個(≒230)のがん細胞からなる約1グラムのがん組織に成長し、さらにもう10回分のDTを経ると1kgのがん組織になる計算です(下図)。



図:がんの体積倍加時間(doubling time)。
がん組織の体積が2倍になる時間を体積倍加時間(DT)という。1個のがん細胞が20回分のDTで1ミリグラム(約100万個)のがんになるが、この時点ではがん組織は目に見えない。さらに10回分のDTを経て1グラムのがん組織になって診断できるようになる。さらに10回分のDTで1キログラムのがん組織になる。

固形がん(大腸がんや肺がんのように塊をつくるがん)のDT(体積倍加時間)は通常は数十日から数百日のレベルと言われています。例えば、早期大腸がんの多くはDTが18~58ヶ月の間でその平均が26ヶ月という報告や、肺がんの平均DTが166日という報告がなされています。しかし、転移するようながん細胞は悪性度が増して増殖速度も早いのでDTはもっと短くなっています。
がん細胞の増殖速度が早ければがん組織のDTは短くなりますが、細胞の増殖速度を遅くしたり、免疫細胞ががん細胞を殺す力を高めたり、血流を阻害してがん組織に栄養が十分行かないようにすれば、そのがん組織のDTを長くする事ができます。

たとえがん細胞を完全に殺すことができなくても、がん組織の増大速度を遅くするような方法をとれば、がんと共存しながら延命することが可能となるのです。がん組織のDTを少しでも長くする方法を幾つも併用すれば、もっと長く再発を遅らせることができます。
がんが増大しているときは、抗がん作用の強い生薬を加えた漢方治療や、低用量の抗がん剤や抗がん作用のあるサプリメントを使ったメトロノミック・ケモテラピーも有効です。
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