サリドマイドをめぐる諸問題

『看護』2003年8月号 p.80-85 著者:福田一典  

看護に役立つ諸分野のトピックスをお伝えしています。今回は「サリドマイド」。
鎮静・睡眠薬として出回ったサリドマイドが、重篤な胎児奇形をもたらすとして発売禁止になって約40年。昨今では、その「血管新生阻害作用」や「腫瘍壊死因子-αの産生阻害作用」が注目され、個人輸入による、がん患者を始めとした使用実態が明らかになってきました。未認可医薬品の使用に対する医療従事者の態度が問われるトピックス。まずは、その利点・欠点を正しく理解することが求められています。

はじめに:

 鎮静・催眠薬として1958年から1962年頃にかけて世界数十カ国で販売されたサリドマイドは、胎児奇形という重大な薬害事件を引き起こし、一度は医療現場から姿を消した。事件から40年が過ぎ、人々からその記憶が風化しようとしたころに、サリドマイドの新たな薬効が注目され、医療現場に再び登場してきた。
 その忌わしい薬害の過去と、癌や自己免疫疾患など多くの難病に対する治療効果への期待、そして日本では未認可であるため外国からの個人輸入による使用が増加している現状が明らかになり、その使用の是非や規制を巡って様々な問題を提起している。サリドマイドをめぐる最近の動向と問題点を整理しておきたい。

サリドマイド薬害事件とは:

 サリドマイドは1957年にドイツ(当時の西独)のグリュネンタール社が鎮静・催眠薬として開発し世界数十カ国で販売された。深い自然な眠りを誘導する効果を持ち、極めて安全性が高いと宣伝され、つわりの治療薬として妊婦にも処方された。
 動物実験では致死量が決定できないくらい毒性が極めて低かったため、胎児に対する安全性試験を行っていなかったにもかかわらず、グリュネンタール社は妊娠女性にも積極的に服用を勧めた。しかし、妊娠初期にサリドマイドを服用した母親から、手や足の発育不全や聴覚障害を持つ子供が多く生まれ、サリドマイドの強力な催奇性が明らかとなった。
 受精後20〜36日(最後の月経開始日から34〜50日)にサリドマイドを1錠でも服用した場合には、胎児に先天異常が生じる可能性があると言われている。サリドマイドによる奇形は、四肢が短くなりアザラシの手足のようになるアザラシ肢症が特徴的であり、その他、耳や目、性器の奇形や欠如、内臓の配置異常など広範囲の奇形を引き起こす。
 サリドマイド被害児の数は世界中で数千人といわれ、さらに、重篤な奇形や内臓の発達障害により、生後1年以内に亡くなったり、死産や流産となった胎児も多くいたと推測されている。つまり、サリドマイドは世界中で1万例以上の胎児に被害をもたらしたと考えられている。
 1961年11月、ドイツ・ハンブルク大学のレンツ博士の警告により、欧州各国ではサリドマイドの使用が中止されたが、日本では販売した製薬会社や厚生省がその警告や情報を無視し、さらに9ヶ月間以上も販売が続けられたため、その間に被害児の数は2倍になったといわれている。
 サリドマイド薬害事件は、薬物に対する科学的知識が不十分で企業倫理の欠如した製薬会社が引き起こした事件であり、医薬品の安全性に対する、製薬企業や行政や医療現場の姿勢を変えるきっかけとなった。

サリドマイドの復活:

 一度は医療現場から姿を消したサリドマイドであるが、様々な疾患の治療に効果があることが次第に明らかになってきた。

 1。ハンセン病患者のらい性結節性紅斑が99%改善 - サリドマイドの「腫瘍壊死因子-α産生抑制作用」 

まず、1964年、サリドマイドがハンセン病のらい性結節性紅班と呼ばれる症状に劇的な効果を示すことが明らかになった。この症状は激しい痛みを伴う難治性の水泡であり効果的な方法が無かったが、サリドマイドの使用により99%の患者において改善がみられるという劇的効果が臨床試験で確かめられた。そのため、重度のハンセン病患者が存在する国のほとんどでは、1965年以降サリドマイドが何らかの形で入手できるようになっている。1997年に米国のFDA(食品医薬品局)はハンセン病患者の結節性紅斑の治療薬としてサリドマイドを承認している。 
 サリドマイドがらい性結節性紅斑を治す作用機序として、単球やマクロファージによる腫瘍壊死因子-α(TNF-α)の産生を選択的に抑制することによって炎症反応を鎮めることが指摘されている。したがって、過剰なTNF-αが発症に関与している他の疾患にも効果があることが推定されており、全身性エリテマトーデス、多発性硬化症、ベーチェット病、炎症性腸疾患(クローン病や潰瘍性大腸炎)など様々な自己免疫疾患や炎症性疾患にサリドマイドが有効であることが報告されている。

 2。がんや糖尿病性網膜症などに対する有効性 - サリドマイドの「血管新生阻害作用」

炎症細胞からのTNF-αの産生抑制の他に、サリドマイドが血管新生阻害作用という特徴的な作用を有することも明らかとなった。この血管新生阻害作用は、胎児の奇形を引き起こす機序とも関連しているが、癌や炎症性疾患に対してサリドマイドが有効性を示す根拠ともなっている。
 人体において血管が新生されるのは、胎児(発生過程)、炎症部位、創傷治癒過程と癌組織が上げられる。したがって、血管新生阻害作用を持つサリドマイドは、胎児の発育や創傷治癒を障害するという副作用を有する一方、炎症や腫瘍に対しては抑制するという薬効を持っていることになる。この血管新生阻害作用は癌治療のみならず糖尿病性網膜症や黄斑変性症などにも治療効果が期待されている。

サリドマイドの抗腫瘍作用:

 腫瘍が成長するには新しい血管の形成(血管新生)が必要である。癌細胞は新生血管を作り出す増殖因子を自ら分泌して、血管の新生を促進し、血管が新しく作られることによって必要な栄養や酸素が運ばれ、増殖することができる。
 したがって、腫瘍血管の新生を阻害する薬は、癌を兵糧攻めにして増殖を抑制することが期待できる。また、癌の転移も新生血管を介して起こるので、血管新生を阻害すれば転移を防ぐことにもなる。
 以上のような理由で、血管新生阻害剤は、抗癌剤開発の分子標的として重要視されており、新しい血管新生阻害剤の開発も進行している。しかし、現時点では、サリドマイド以上に確実な血管新生阻害作用をもった薬品はまだ市販されていない。これが、癌患者の間でサリドマイドの使用が増加している主な理由といえる。
 さらに、サリドマイドには癌性悪液質(癌細胞が放出する物質によって体力の消耗や食欲不振などが起こる状態)の原因であるTNF-αの産生を阻害する作用があるため、進行癌患者のQOL(生活の質)の改善作用も期待できる。実際、進行癌患者に使用して、食欲増進や倦怠感の改善が見られることが多い。
 癌の種類としては、多発性骨髄腫に対する効果は臨床試験で証明されており、欧米ではサリドマイドは多発性骨髄腫に対する標準的治療になっている。カポジ肉腫や腎臓癌や悪性神経膠腫などでも有効性を示す結果が報告されている。
 サリドマイド単独では抗腫瘍効果が認められない腫瘍でも、サリドマイドの血管新生阻害作用は、抗癌剤治療や種々の代替医療の効果を高める可能性が指摘され、様々な臨床応用が試みられている。現在、多くの基礎研究や臨床治験が行われており、抗腫瘍効果や悪液質改善効果など癌治療において有用な薬であることが次第に明らかになってきている。

サリドマイドの使用法と副作用・禁忌:

 サリドマイドは内服薬であり、カプセルあるいは錠剤で投与される。催眠作用があるため通常1日1回就寝前に服用し、1日の服用量は50〜200mgが標準である。米国などでは、300mg以上の使用も行われているが、量が多くなると以下のような副作用が出現して継続が困難になることが多い。
 サリドマイドの最も一般的な副作用は、眠気、めまい、末梢神経障害、便秘、発疹、白血球減少症などである。
(1)眠気・めまい:催眠作用の程度は個人差があり、少量でも眠気が残ったり起床時にめまいを感じる場合もあれば、通常量では眠くならない人もいる。サリドマイド服用中は、眠気を引き起こす他の薬剤(睡眠薬など)との併用やアルコールの摂取は避けることが望ましく、眠気が問題となるような状況(車の運転など)では注意が必要である。
(2)末梢神経障害:長期服用で多発性神経炎様症状が出現することがある。始めは手や足がチクチクとかピリピリするような軽い痛みや異常感覚を感じる程度であるが、症状が進むと強いうずきや痛みを感じるようになる。神経障害は不可逆的になるため、症状が現れた場合には減量ないし中止が必要である。
(3)便秘:腸の運動を抑制するため、便秘や腹部膨満感が現れることが多い。下剤の併用により多くは対処できるが、症状が強い場合には、サリドマイドの服用量を減らす必要がある。
(4)発疹:薬剤アレルギーによる薬疹であり、発疹は胴体部分から出始めて手足に広がる。服用後10〜14日後に自然に消失する場合もあるが、抗ヒスタミン剤や副腎皮質ホルモン剤が必要な場合もある。症状が強い場合には中止する。
(5)白血球減少症:サリドマイドの大量あるいは中長期にわたる服用により白血球数の減少を引き起こすことがあるので、定期的な血液検査が必要である。
(6)その他:以上の他にも、静脈血栓症、頭痛、吐き気、顔や手足のむくみ、筋肉痛など様々な副作用が出現する可能性がある。静脈血栓症(静脈炎)は、化学療法、特にアドリアマイシンと併行してサリドマイドを服用する患者に発症する傾向が高いと報告されている。
 最も重要なことは、妊娠中の女性や妊娠する可能性がある女性は絶対にサリドマイドを服用してはいけないことである。サリドマイドの催奇形性は妊娠初期であり、サリドマイド服用中は厳密な避妊法の実施が不可欠である。また、サリドマイドは男性の精子にも含まれる可能性が指摘されており、男性もサリドマイド服用中は、避妊を厳重に心掛けなければならない。
 傷が治る過程でも血管の新生が必要なので、外科手術を受ける予定のある場合や受けた後は服用を中止する必要がある。傷の治りは年令や栄養状態などによる個人差があり、手術の程度により異なるので医師に相談すべきである。

サリドマイド薬害と副作用のメカニズム:

 サリドマイドの薬理作用は多様であり、サリドマイドの催奇形性とその他の副作用のメカニズムについても不明な点も多い。サリドマイドの催奇形性は、四肢形成の初期段階で必要な血管新生が阻害されるためと考えられているが、その他の説もある。
 炎症細胞からのTNF-α産生阻害作用が、炎症性皮膚疾患や自己免疫疾患の薬効と関連しているが、その分子メカニズムに関しては十分に解明されていない。
 サリドマイドが神経障害を起こすメカニズム、鎮静作用の機序、自己免疫疾患における効果、多発性骨髄腫に対する効果など、一連のサリドマイドの作用メカニズムは異なる可能性がある。つまり、サリドマイドの薬効と副作用のメカニズムは多様であるが、それがサリドマイドが様々な疾患に臨床応用されている理由ともなっている。

未認可医薬品の輸入使用に関する法的規制と医師の責任:

 日本では、サリドマイドはまだ未承認薬なため健康保険を使っての使用はできず、また発売もされていない。しかし、医師がサリドマイドを認可している国から輸入して患者の治療に使用することは可能である。その際、以下の要件を理解しておく必要がある。

 1)医師による未認可医薬品使用に関する条件:

 日本国内における承認の有無を問わず、医師自らの責任においてどのような薬剤でも使用することは可能である。しかし投薬も一つの生体的侵襲として違法性を具備するものであるから、一定の法的要件(目的、方法、同意)を充たす必要がある。つまり、1)目的において治療とか治験という正当性がある、2)正しい適応のもとに使用方法が適切である、3)インファオームド・コンセント(十分な説明と同意)により患者の同意がある、の3点が満たされなければならない。
 医師の裁量でどのような薬も使用可能であるが、この3つの要件が充たされない未認可医薬品の使用は違法と考えられる。治療あるいは治験目的でない、効果の期待の予測が困難、患者の納得と理解が不十分な場合は、外国で認可されていても使用は違法となる。

 2)患者の要望があっても処方できるわけではない:

 最近のインファオームド・コンセントへの関心の高まりとともに、医師が患者の意思や権利を尊重する(あるいは尊重すべきであるとする)風潮が強まっているのは確かである。しかし、患者の希望があれば安易にその意向に沿って処方するという態度は許されない。
 あくまで医師が適切と診断した上で治療方針を立て、正しい薬剤を選択し、それについてインファオームド・コンセントにより患者の同意を取るというプロセスが本来の治療の在り方である。患者の懇願があったからといって、それが医学的あるいは医師の使命に誤っていたために万一事故でも発生すれば、それは処方した医師の責任になる。

3)未認可医薬品は保険医療機関及び保険医は使用できない:

 医師が患者使用の目的で厚生労働省から薬監証明を取って個人輸入すれば、どこでも患者に投薬できるように考えられる。しかし、「保険医療機関及び保険医療養担当規則」の第19条に、「保険医は、厚生労働大臣の定める医薬品以外の薬物を患者に施用し、叉は処方してはいけない」という規則が定められている。治験用に用いる場合に限って例外は認められているが、基本的に、保険医療機関や保険医が未認可医薬品を患者に使用することは禁じられている。
 したがって保険医療機関でサリドマイドを使用する場合は、病院内の倫理委員会の認可のもとに治験目的で使用するか、患者が自分の意思で薬を入手して自己責任のもとで服用する(主治医は黙認)というのが合法的な使用となる。
 自由診療であれば、未認可医薬品を処方する上での制限は無いので、癌の標準的治療を保険医療機関で受けながら、サリドマイドのような未認可医薬品は自由診療の医療機関から入手している場合も多いようである。

日本におけるサリドマイド使用の実態:

 1。米国では厳格な教育管理システムの本での認可:

 米国では、サリドマイドの安全な使用を確立するため「System for Thalidomide Education and Prescribing Safety(略してSTEPS)」という極めて厳格な教育管理システムが運用されている。
 このシステムでは、サリドマイドを処方する医師は登録し、患者が胎児奇形の危険性を完全に理解していることを保証しなければならない。サリドマイドを服用する患者は避妊法を学び、服用中および服用前後の1ヶ月にそれを実行する。全ての情報を理解したこと、薬を他の人に分け与えないこと、治療後、薬が余った場合は返却することを表明する同意書に署名し医師に提出しなければ処方を受けることはできず、処方箋とともにこの同意書を登録薬剤師に提出して初めてサリドマイドが処方される。さらに、患者は毎月1回、妊娠の可能性がある性交渉をすべて報告し、妊娠可能年令の女性は定期的に妊娠検査を受けなければならない、という厳しい薬害防止プログラムである。米国ではこのような処方管理のもと、サリドマイドがFDAの認可薬となっているため、医師の裁量権で適応外使用の道が広げられ、多くの疾患に対して臨床応用されるようになっている。

2。日本では個人輸入による試験的使用 - 使用をめぐるさまざまな議論のゆくえ

 一方、日本においては、厚生労働省から認可されていないため、個人輸入という形態をとることによって国内の医療現場で試験的に使用されており、現行制度での規制はない。個人輸入による未承認薬の使用は医師の裁量に任されており、サリドマイドの管理や取り扱いは医師と患者の認識に委ねられているのが現状である。サリドマイドの取り扱いについては、厚生労働省を含めて薬害被害者の立場や癌患者の立場から様々な意見が述べられているが、今後どのような方向に進むか流動的である。
 薬害を防ぐために、サリドマイドの輸入を全面的に禁止すべきという意見もある。しかし、決定的な治療法の無い癌患者にとっては希望の持てる治療手段を患者から奪うことは、憲法で保証されている生存権を侵すものであるという主張もある。流通経路の不透明なサリドマイドが規制を逃れて患者への警告もなく出回れば、より多くの障害児が生まれる可能性がある。
 サリドマイドを薬事法の規制下に置くため、日本での製造・販売も検討されている。日本でもサリドマイドを認可して製薬企業や医療機関で十分な管理下で使用できるように規制すれば薬害の危険は防げるという意見は最も妥当なものであるが、認可するためには日本での臨床試験で有効性を示すデータが必要であり、すぐに認可できる状況にあるわけではない。当分の間は、日本では外国のサリドマイドを患者の自己責任のもとで使用する条件で、個人輸入にて入手される状況が続くものと思われる。
 外国で認可されている医薬品を医師が合理的目的で患者の治療に用いるものであれば、日本に輸入して使用することを規制できず、サリドマイドの個人輸入の量は増加している。平成13年度には1年間に15万錠以上のサリドマイドが個人輸入されているという調査結果が出ている。現在その数は増え続けており、多発性骨髄腫患者を中心に年間数千人規模の癌患者に対して使用されていると予想されているが、行政や製薬企業による管理の対象外にあるため、正確な使用実態の把握が困難な状況にある。
 サリドマイドが引き起こす薬害の危険性(デメリット)と、難病患者がサリドマイド治療によって受ける恩恵(メリット)の可能性の双方を鑑み、様々な立場(行政、製薬企業、医療関係者、患者、薬害被害者など)から現実的で具体的な検討が必要な時期に来ている。しかし、サリドマイドが日本で認可されるか、サリドマイド以上に有効で副作用の少ない薬が開発されるまでは、患者が自己責任のもとでサリドマイドを使用する現在の状況が続くと考えられる。

サリドマイドに対する医療現場での対応 - 未承認薬の使用で問われる医療者の姿勢:

 前述のように、保険医療機関や保険医は厚生労働大臣の認めていない医薬品を使用できないという規制がある。しかし、日本で未認可の医薬品でも、治験目的であれば保険医療機関でも使用可能であるし、患者の自己責任のもとで使用することを条件に、医師が個人輸入の手続きでの必要な部分を患者のために協力することは可能である。未認可医薬品の輸入を代行する業者に依頼すれば、比較的容易に輸入手続きができる状況にある。自由診療で行っているような医療機関であれば、患者を診察して適応があると判断された場合にはサリドマイドを輸入して処方することに法的な規制はない。
 このようにして、何らかの手段で患者の手に移ったサリドマイドは、患者が主治医に無断で使用している場合と、主治医の許可と管理下で使用される場合がある。
 前者に関しては、患者がサリドマイド使用を強く希望しているにもかかわらず、未認可であることを理由に主治医が拒否している場合が多い。サリドマイドの抗腫瘍効果は単独では限界があり、臨床試験で効果が認められない場合も多いが、癌の悪液質を改善してQOL(生活の質)を高める効果も考慮すると、臨床側から一方的に否定することは、患者の自己決定権や生存権を尊重する立場からは問題があるようにも思われる。
 癌治療の選択権は患者の側にあるということを医療サイドでもっと認識され、サリドマイドを含めて未認可医薬品の使用に関して、患者やその家族が医師や看護職と自由に話し合える状況を作る必要がある。そのためには、サリドマイドの利点と欠点を医療従事者が正しく理解しておくことが必要である。
 入院中は主治医の責任下にあるため、サリドマイドの服用は主治医の許可と管理のもとに使用されるべきである。しかし、使用を拒否されることを恐れて隠れて服用している患者もみられる。
 在宅で療養している癌患者や、西洋医学の治療から見放された患者の多くは様々な代替医療を自分の判断で利用しており、サリドマイド治療もその一つに過ぎない。
 日本で認可されている癌治療で限界がある場合に、未認可医薬品や代替医療を試してみたいという癌患者の要望を拒否する権利は医療サイドにはないはずである。医学的理由で禁止すべき正当な理由がなければ、むしろサリドマイド使用を前向きに(少なくとも偏見なく)対応できるように医療従事者が正しい知識を持つことが大切である。

おわりに:

 過去の薬害事件の重さをかみしめ、この薬の危険性を認識し、新たな被害が起きないように十分な注意を払って、サリドマイドの薬としての有用性と可能性を活用することが大切である。
 過去に薬害事件を起こしたということでサリドマイドを拒否するのではなく、また未認可医薬品であるから保険医療機関では関知しないという否定的態度ではなく、難病の患者が最後の希望として使用している事情を理解し、患者の権利や意思を尊重する柔軟な対応も必要と思われる。