イベルメクチンは寄生虫疾患治療薬として世界中で使用されている:
イベルメクチン(Ivermectin)は、土壌から分離された放線菌ストレプトマイセス・アベルミティリス(Streptomyces avermitilis)の発酵産物から単離されたアベルメクチンから誘導され合成されました。
日本国内では、腸管糞線虫症と疥癬の治療薬として保険適用されています。
イベルメクチンは、中南米やアフリカのナイジェリアやエチオピアで感染者が多く発生している糸状虫症の特効薬です。糸状虫症はオンコセルカ症や河川盲目症とも呼ばれ、激しい掻痒、外観を損なう皮膚の変化、永久失明を含む視覚障害を起こします。
その他、リンパ系フィラリア症など多くの種類の寄生虫疾患に有効で、人間だけでなく、動物の寄生虫疾患治療薬として広く使用されています。2015年ノーベル生理学・医学賞は「寄生虫感染症に対する新規治療物質に関する発見」で北里大学特別栄誉教授の大村智氏および米ドリュー大学名誉リサーチフェローのW. C. キャンベル(William C. Campbell)氏、「マラリアの新規治療法に関する発見」で中国中医科学院教授の屠呦呦(ト・ユウユウ,Youyou Tu)氏に贈られています。
「マラリアの新規治療法」というのはアルテミシニン誘導体のことです。
大村博士は様々な抗生物質を作り出すストレプトマイセス属の土壌細菌に注目し、土壌サンプルから採集した菌を培養し、キャンベル博士はこれらの活性を調べ、寄生虫に対して有効な物質を突き止めました。それがストレプトマイセス・アベルミティリス(Streptomyces avermitilis)という菌が作り出す物質で、アベルメクチンと名づけられました。 このアベルメクチンを化学的に改変してさらに効果を高めたのがイベルメクチンです。この薬によって、オンコセルカ症(河川盲目症)やリンパ系フィラリア症など寄生虫が引き起こす感染症を劇的に減らすことが可能になりました。
オンコセルカ症は寄生虫によって目の角膜に慢性の炎症が起こり、失明につながります。
リンパ系フィラリア症は現在も世界で1億人以上が感染し、成虫やミクロフィラリアに起因するリンパ管やリンパ節の炎症を起こし、これが繰り返されることでリンパ管の閉塞や破裂が起こります。その結果、身体の感染部位が膨れ上がって象皮病や陰嚢水腫などの症状を引き起こします。イベルメクチンは、無脊椎動物の神経・筋細胞に存在するグルタミン酸作動性クロール(Cl)チャネルに選択的かつ高い親和性を持って結合します。その結果、クロール(Clに対する細胞膜の透過性が上昇して神経又は筋細胞の過分極が生じ、その結果、寄生虫が麻痺を起こし、死に至ります。哺乳類ではグルタミン酸作動性Cl−チャネルの存在が報告されていないので、安全性は極めて高いと言えます。
このように、イベルメクチンの安全性は非常に高く、寄生虫に感染した人間に対して、寄生虫が死滅する過程で引き起こされる免疫応答や炎症反応に起因する症状以外には、副作用をほとんど起こらないと言われています。 さらに、多数の前臨床試験で抗がん作用が確認されています。
したがって、がん治療薬として再利用を検討する候補薬としての条件が揃っていると言えます。図:イベルメクチンは糞線虫症、糸状虫症、疥癬症など多くの寄生虫疾患の治療に使用されている。イベルメクチンが様々なメカニズムで抗がん作用を発揮することが報告されている。
イベルメクチンは様々な機序で抗がん作用を発揮する:
培養細胞を使った実験では、乳がん、卵巣がん、前立腺がん、頭頸部がん、大腸がん、膵臓がん、悪性黒色腫など多くのがん種で抗腫瘍効果が報告されています。 臨床で人間が服用して達しうる血中濃度で抗腫瘍効果が認められています。
増殖抑制やアポトーシス誘導だけでなく血管新生阻害作用を示すことも報告されています。動物実験でも抗腫瘍効果が認められています。
イベルメクチンの抗がん作用のメカニズムとして、ミトコンドリア呼吸阻害、酸化ストレスの誘導、Akt / mTOR経路の阻害、WNT-TCF経路の阻害、PAK-1阻害、血管新生阻害などが報告されています。 以下のような総説論文があります。The multitargeted drug ivermectin: from an antiparasitic agent to a repositioned cancer drug(多標的薬物イベルメクチン:抗寄生虫剤から再利用抗がん剤まで)Am J Cancer Res. 2018; 8(2): 317–331.
【要旨】
医薬品再利用(drug repositioning)は、抗がん剤を発見し開発する手段の一つとして盛んに研究が行われている。この医薬品再利用(医薬品再開発)の方法によって、既存の医薬品から新たな適用疾患が見つかっている。
イベルメクチン(Ivermectin)は1967年に発見された16員環性の大環状ラクトン(16-membered macrocyclic lactone)の一種のアベルメクチン(avermectin)のグループの化合物で、人間への使用が1987年にFDA(米国食品医薬品局)によって承認された。
イベルメクチンは世界中において、多数の患者によって使用され、その臨床的安全性は極めて高い。この総説では、イベルメクチンが多種類のがんにおいて多彩なメカニズムで抗腫瘍効果を発揮するin vitroとin vivoのエビデンスをまとめる。イベルメクチンは、多剤耐性タンパク質(MDR)、Akt / mTORおよびWNT-TCF経路、プリン作動性受容体、PAK-1タンパク質、SIN3AおよびSIN3Bのようながん関連エピジェネティックな調節解除因子、RNAヘリカーゼ活性、塩化物チャネル受容体などのいくつかの標的に作用し、特にがん幹細胞の特性を有するがん細胞をターゲットにする。
重要なことには、イベルメクチンのin vitroおよびin vivoの抗腫瘍活性は、健康な人間および寄生虫感染患者で行われたヒト薬物動態研究に基づいて臨床的に到達可能な濃度で達成される。
したがって、イベルメクチンに関する既存の情報により、がん患者の臨床試験への迅速な移行が可能になる。ターゲットが単一で非常に選択的な抗がん剤は、抵抗性を獲得したがん細胞の出現が早いという欠点が知られています。したがって、ターゲットが複数の多彩なメカニズムで抗がん作用を発揮する抗がん剤を開発することの重要性が指摘されています。 この観点で、イベルメクチンは、多剤耐性タンパク質(MDR)、Akt / mTORおよびWNT-TCF経路、プリン作動性受容体、PAK-1タンパク質、SIN3AおよびSIN3Bのようながん関連エピジェネティックな調節解除因子、RNAヘリカーゼ活性などのいくつかの標的を調節し、さらに、細胞の過分極につながる塩化物チャネル受容体を刺激し、少なくとも乳がんにおいては、がん幹細胞の特性を維持する遺伝子の発現を抑制することが報告されています。
さらに重要なことには、イベルメクチンのin vitroおよびin vivoの抗腫瘍活性は、健康な患者および寄生虫患者で行われたヒト薬物動態研究に基づいて臨床的に到達可能な濃度で達成されることです。 したがって、イベルメクチンをがん治療薬として臨床試験を開始するエビデンスは十分にあると言えます。
イベルメクチンの薬物動態と副作用:
血中濃度:
日本人における研究では、健康成人男子にイベルメクチンを錠剤で単回経口投与した場合、主要成分(H2B1a)の平均血清中濃度は、12mg投与では投与後4時間で32.0(±7.3)ng/mL、6mg投与では投与後5時間で19.9(±4.8)ng/mLの最高値を示しました。12mg投与では6mg投与に比べ、AUC及びCmaxの平均値が、それぞれ1.3倍及び1.6倍に増加しました。
外国人における研究では、イベルメクチンを錠剤で12mg(平均用量は165μg/kg)単回経口投与した場合、主要成分(H2B1a)の平均最高血漿中濃度は、投与後約4時間で46.6(±21.9)ng/mLでした。血漿中濃度は、投与量(6、12、15mg)にほぼ比例して増加しました。イベルメクチンの血漿中消失半減期は約18時間でした。 イベルメクチンは肝臓で代謝されます。
外国人のデータでは、イベルメクチンやその代謝物は、約12日間かけてほぼすべてが糞中に排泄され、尿中への排泄は投与量の1%未満でした。 本薬の代謝にはCYP3A4が主に関与していることが報告されています。本薬はヒト及びマウスP糖蛋白質の基質であることが報告されています。オンコセルカ症など寄生虫感染患者には、死んだミクロフィラリアに対するアレルギー性・炎症性反応によると考えられる症状が起こります。このような副作用には、中枢精神神経系(脳症、頭痛、昏睡、精神状態変化、起立困難、歩行困難、錯乱、嗜眠、痙攣、昏迷等)、筋骨格系(関節痛等)、その他(発熱、結膜出血、眼充血、尿失禁、便失禁、浮腫、呼吸困難、背部痛、頸部痛等の疼痛等)などの重大な副作用が報告されています。
しかし、これらの副作用は寄生虫に感染している場合であり、がん治療の目的ではこれらの副作用は起こりません。 一般的な副作用は、消化器症状(吐き気、食欲不振、下痢、便秘など)、肝機能障害(GOT/GPTの上昇)、貧血、白血球減少 などです。
イベルメクチンの服用法:
イベルメクチンは通常の寄生虫疾患(糸状虫症、糞線虫症、ぎょう虫感染症)では150から200 μg/kg、リンパ系フィラリア症では400μg/kgを1から2回服用します。体重60kgで1日に12mgから24mgになります。
寄生虫に対する死滅作用が強いので、寄生虫疾患の治療の場合は、通常は1回か2回で治療は終了します。つまり、寄生虫の場合は、1回か2回の投与で、ほとんどの寄生虫は死滅します。
しかし、がん治療の場合は、がん細胞は直ぐには死滅しないので、ある程度の期間服用します。
がんに対する効果を高めるためにはイベルメクチンの血中濃度を高める必要があります。イベルメクチンは脂溶性なので、脂肪の多い食事で吸収が高くなります。
寄生虫疾患の治療では、脂肪で吸収が亢進して血中濃度が高くなるのを懸念して空腹時の服用を指定しています。しかし、がん治療の場合は、むしろ少ない服用量で血中濃度を高めるために脂肪の多い食事の後の服用の方が理にかなっています。
また安全性は極めて高いのですが、半減期が長いので、長期に継続して服用すると血中濃度が高くなって副作用が出る可能性もあります。
ただし、薬の吸収や代謝は個人差があるので、がん治療に使うときは、副作用の有無や効果を評価しながら、試行錯誤の服用になります。進行がんの場合は、がん細胞を死滅する効果を高めるために血中濃度を高める必要があります。しかし、血中濃度が高くなると副作用も出やすくなります。
副作用(吐き気、食欲低下、下痢、肝機能異常、貧血など)が出ない範囲で、上記の薬物動態を参考に服用量を調節します。
費用は、1錠(12mg)が800円です。がんの進行の状況に応じて1日1回12mgを1ヶ月に10から30日間服用します。進行がんの場合は、1日に24mg以上を服用することもあります。
イベルメクチン治療に関するご相談は、メールフォーム又は、メールinfo@f-gtc.or.jpで病状や治療の状況を記載してご相談下さい。
自由診療におけるイベルメクチンの保険適用外使用について:
イベルメクチンは国内でも寄生虫治療に使われていますが、国内で販売されている製剤(ストロメクトール)は保険適用されてる寄生虫疾患以外の目的で使用する場合、メーカーは販売を拒否しています。そのため、当院ではインド製のイベルメクチン(製品名:Ivermectol)を厚労省に届け出て、医師の個人輸入で輸入し、がん治療に使用しています。 医薬品の医師の個人輸入とは、医師が患者の治療の目的で、海外から医薬品を個人的に輸入することを指します。医薬品の通関には、厚生労働省(関東信越厚生局)に医薬品輸入確認申請書を提出し、輸入許可を得る必要があります。輸入確認申請は、「治療上緊急性があり、国内に代替品が流通していない場合であって、輸入した医療従事者が自己の責任のもと、自己の患者の診断又は治療に供すること」を目的とする場合に限られます。 個人輸入した医薬品は、自身や患者の治療目的にのみ使用されるべきであり、転売や他の目的での使用は違法とされます。