多重がんの発生予防に食生活や生活習慣の改善と漢方治療が有効 

Fさん(62歳、女性)は12年前に胃の早期がんで手術を受け、8年前には右の乳がんで治療(手術と抗がん剤)を受けました。胃がんと乳がんの再発は今の所ないのですが、最近大腸にポリープが見つかり、内視鏡でポリープを切除して調べたところ、ポリープの一部にがんがみつかりました。幸い小さな初期がんでしたの転移の心配は少ないと主治医から説明を受けましたが、年に一回大腸の検査を受けるように指導を受けました。
胃がんで胃を3分の2切除しているFさんは食事には十分気をつけており、野菜中心の食生活を守り、タバコや酒も嗜まず、適度な運動や健康食品の利用など、食生活も生活習慣もがん予防の基本を守っていました。しかしそれでも3つもがんを経験したため、自分ががん体質だと感じたFさんは、さらに積極的にがんの予防を実践したいと希望して漢方治療を受けることにしました。
西洋医学的な血液検査では全く問題ないのですが、漢方的に診察すると、肌の乾燥や手足の冷えなどがあり、血液や体液の循環が悪い状態(お血と水滞という)に血虚(貧血や栄養状態の不良)の傾向もありましたので、そのような異常を改善する漢方薬である当帰芍薬散(構成生薬:当帰・芍薬・川きゅう・蒼朮・茯苓・沢瀉)をベースにして、がん予防効果のある生薬(紅参、霊芝、白花蛇舌草、木香など)を追加して煎じ薬として処方しました。

がんの一次予防(がんにならないようにすること)に推奨されている食生活や生活習慣を完全に守っているのにがんにかかる人も多くいます。それは遺伝的なものや体質が関連しているようです。Fさんの場合、漢方治療がどの程度の効果を示すか予想できませんが、体の不調を治して体の抵抗力や治癒力を高めることが悪いことはないはずです。

最近では、がんが治ったあとに、二つ目のがん、三つ目のがんにかかる人が増えてきました。転移ではなく、胃がんの次に前立腺がん、その次に肺がんなどといったように全く別の部位に新たながんができることでかかるす。一人の人に幾つものがんに発生することを多重がんといいます。 治療方法が進んで治るがんが増えてきたことが原因の一つに挙げられるのですが、がんになる人は免疫力の衰えなど他のがんにもなるリスクも高くなっているのが一般的です。時にはがんの治療(抗がん剤や放射腺照射)が新たながんをつくり出すこともあり、これを2次がんといっています. 医学の進歩によってがんを取り除く治療法が進歩してくると、がん治療の宿命である再発や多重がんや2次がんの発生を予防することががん死から免れるキーポイントとしてクローズアップされてきたのです。

紅参(高麗人参を蒸して加熱処理したもの)を摂取するとがんになるリスクが低くなるという疫学的データがあります。木香に含まれるコスツノライドという成分にがん予防効果があることが動物実験で示されていますし、がん治療に使用される白花蛇舌草のがん予防効果も報告されています。免疫力を高める霊芝のような生薬もがん予防効果が期待されています。このような治療はがん予防だけでなく、他の病気(感染症や動脈硬化性疾患)の予防にもなります。がんは全身病という観点からすれば、滋養強壮と老化予防に優れた漢方治療はがんの予防にも効果があると考えられます。

がんの再発や多重がんの発生を予防するためには、「がんが発生しにくい体づくり」を行うことが大切です。食生活や生活習慣ががんの予防において重要であることは多くの研究により支持されています。そこで、がんの種類に応じて、どのような食事や生活習慣が予防効果があるかを、人間を対象にした臨床試験や疫学的手法などで研究されています。

臨床試験では、試験に参加する人たちを無作為に2つのグループに分けて、ある食品を投与した場合と投与しなかった場合とでがんの発生率を比較します。疫学的研究ではそれぞれの人の状況(食生活や生活習慣など)を調査して、がんの発生と関係のある要因を統計的手法で探し出します。
多くの研究結果が報告されていますが、それぞれの結果には矛盾するものや結論の得られないものも多くあります。例えば、野菜や果物を多く食べることは乳がんの予防に効果があるという報告がある反面、全く関連性はないという報告もあります。お茶や食物繊維など過去の研究でがん予防効果が推測されていたものが、最近の研究でそれらのがん予防効果を疑問視する結果も報告されています。

臨床試験や疫学的研究の結果は動物実験や試験管レベルの結果より、より信憑性があると考えられます。しかし、がんの発生には多くの促進因子と抑制因子が複雑に関与しているため、たとえがん予防効果がある食品でも効果が弱ければ、人の疫学や臨床試験で関連性を証明することは困難と言わざるを得ません。特効薬のような効果の高いものを追求する西洋医学の考え方では、弱い効果の積み重ねが有効な場合を無視する傾向にあります。

分析的研究を行うため、食品ではなく精製した成分を使ってがん予防効果を検討することも間違った結果を導き出すことがあります。ある食品の効果を一つの成分で代表させるような方法はより「分析的」で「科学的」な研究と捉えられますが、がん予防の研究では必ずしも正しい方法ではないようです。

西洋医学の研究者はある一つの食品で特定のがんを予防するという要素還元的な考えが強いようです。それは科学的な研究というのが分析的手法でなければならないと考えるからです。しかし、がんは全身病であって、体全体をがんが発生しないようにするのが、がん予防の基本です。乳がんの治療後に乳がんの発生を予防する効果のあるものだけを行って、大腸がんや肺がんの発生には全く気をつけないというのでは真の再発予防とは言えません。
「乳がんの発生と野菜・果物の摂取とは関連性がない」という疫学結果が出たから、乳がんの患者さんが「野菜を取ることは再発予防には貢献しないから食べない」と考えると、これはがん予防法の原則から反します。がん全体を予防するマクロな視点が、再発予防の戦略として大切です。
そのためには、「がんが発生しにくい体を作る」ためには何をすれば良いかを考えるべきです。それが理解できれば、滋養強壮や老化防止に実績をもった漢方治療ががんの予防に役立つことが納得できるはずです。