肝臓がんの再発を漢方薬とCOX-2阻害剤で遅らせる 

Nさん(58歳、男性)は、30年ほど前に交通事故で輸血を受け、入院中に肝炎を発症しました。輸血後のウイルス性肝炎でしたが、肝臓機能が正常化して退院した後は、特に治療や検査は受けていませんでした。4年程前に全身倦怠感を自覚して病院で検査を受けた結果、C型肝炎ウイルスの感染による慢性肝炎と診断されました。慢性肝炎の状態はかなり進行しており、肝硬変に近い状態で、肝細胞の障害を示すGOTとGPTは120〜250と上昇(正常は40以下)し、活動性の炎症が持続していることがわかりました。肝臓の炎症を抑える注射や薬の投与を受けていましたが、最近になってCTとエコーの検査で直径2.0cm大のがんがみつかり、エタノールの注入でがん細胞を殺す治療を受けました。がんが再発するリスクが高いことを説明を受けましたので、漢方治療で方法がないかと受診してきました。
肝臓の炎症を抑えるために、小柴胡湯という漢方薬をベースにして、炎症を抑える五味子、肝臓の解毒能を高めるウコン・莪朮・白花蛇舌草、血液循環を良好にして肝機能を改善する丹参・田七人参などを加えた漢方薬を処方しました。炎症を抑えるCOX-2阻害剤と抗酸化力を補充するためにα-リポ酸やセレニウムなどの抗酸化性ビタミン剤ミネラルのサプリメントを摂取してもらいました。
漢方薬と抗酸化性サプリメントの治療を開始してから2週目には、GOTやGPTは正常域に低下し、倦怠感も消失しました。

ウイルス性慢性肝炎あるいは肝硬変患者の肝臓は、肝臓全体が肝がん発生のリスクに曝されていて、最初に検出できたがんを根治できたとしても次々に新たながんが発生します。これを「多中心性発がん」と言い、肝臓がんが1個見つかれば他の場所にもすでにがんの芽である前がん病変や微小がんが存在するので再発しやすいということで、肝臓がんの宿命みたいなものです。どこが最初に大きくなるかだけの問題で、肝臓がんが発生するリスクは肝臓全体に存在しているのです。
肝硬変を合併している場合には、最初に見つかった肝臓がんを手術したあと3年間で3分の2の症例で残存肝に再発をおこします。早期診断・早期治療により肝臓がんの治療成績は向上してきましたが、肝臓がんの発生や再発を遅らせる手段が重要になってきました(図)。
肝臓がんの発生を抑えるためには、炎症を抑えながら、免疫力や抗酸化力を高めることが大切です。漢方治療が肝炎の進展予防や肝臓がんの発生予防に有効であることが多くの研究で明らかになりつつあります。ウイルス駆除だけを治療戦略としてきた米国でも、その限界が明らかになるにつれ、薬草などの伝統医療を使った治療法に注目するようになりました。

図:肝炎ウイルスの感染も炎症反応も肝臓全体に起こっているので、肝臓がんが発生するリスクは肝臓全体に及んでおり、肝臓がんの発生は「多中心性」である。したがって、1個のがんをつぶしても、残った肝臓に第2、第3の肝臓がんが発生してくる可能性がある。

肝がんが見つかった場合、がんの完全な切除が可能で、かつ手術に耐えられるだけの肝臓の機能が残っている場合には外科的治療が行なわれます。しかし、慢性肝炎や肝硬変を経て肝がんになった場合には、がんを取り除いても、残った肝臓にがんが再発する可能性が高いのが実情です。従って、再発するたびに手術を行うのは患者さんにとって非常に大きな負担になります。そのため、がんが小さい場合には、できる限り内科的局所治療が行われます。
内科的局所治療とは、超音波による映像でがんの位置を確認しながら、体外から直接がん組織に特殊な針を刺し、エタノールを注入してがん細胞を凝固させたり、マイクロ波やラジオ波でがんを焼いて殺す治療法です。大きながんの場合には、がん組織を養っている肝動脈にカテーテル(細い管)を挿入して、抗がん剤を持続的に注入してがんを殺す方法もあります。
これらの治療によりがん組織だけをねらい撃ちしながら時間稼ぎをすれば、肝がんで死ぬまでの期間を延長させることはできます。小さな肝がんを見つける画像診断と、がんに狙いを定めてがん組織をつぶす内科的局所治療の進歩により、肝がんでも延命できるようになりました。しかし、これらの方法はがんが見つかるのを待って、出てきたらつぶすという「モグラたたき」の発想です。

肝炎ウイルスの持続感染によって肝がんが発生するような状況では、肝臓自体が既にがんを発生しやすい状態にあるため、再発を繰り返して根治は難しいのが実情です。がんの早期発見と治療の繰り返しでは限界があり、発がん自体を抑制する予防法の確立が最も重要となります。
肝臓の炎症を抑え、抗酸化力を高めて肝臓の酸化障害を抑え、さらに微小循環を改善したり、がん細胞の増殖を遅くするようにすれば、がんの発生や再発が予防できるのですが、西洋医学には適当なものがありません。この戦略において、漢方治療や代替医療の中に有効な方法が多くあります。

漢方では患者さんの体質や病状などを総合してそれに合った薬を処方して行くことを重視しています。患者さんのその時々の状態に応じて漢方薬を使い分け、経過により処方を変えていくことにより最大の効果が期待できると考えています。肝炎に小柴胡湯が有効といっても、小柴胡湯がどの患者にも効くわけではないのです。
例えば、炎症の強く肝細胞の障害が著明なときには、炎症を抑える作用の強い「茵ちん蒿湯(いんちんこうとう)」のような「清熱剤」といわれる漢方薬を用います。茵ちん蒿湯は茵ちん蒿・山梔子・大黄の3種類の生薬から構成され、抗炎症作用、抗酸化作用、胆汁分泌促進作用などにより急性肝炎や慢性肝炎の炎症の強い時や、黄疸がある時に使用します。

炎症が持続して体力や免疫力や食欲が低下している場合には、抗炎症作用のある柴胡・黄ごんに、人参甘草のような補益薬(抵抗力を高める薬)と半夏・生姜・大棗のような健胃薬を同時に含む小柴胡湯が適する状態といえます。小柴胡湯のように抗炎症作用と同時に体の抵抗力を高める薬を組み合わせた漢方薬を和剤といいます。

一方、炎症の活動性が低く、体力や肝臓機能の低下した状態(=虚)であれば、人参・黄耆・白朮・茯苓などの滋養強壮薬(補益薬)を主体とした補中益気湯人参養栄湯のような補剤といわれる漢方薬を用いたほうが効果があります。これらに、さらに組織の血液循環を改善する生薬や、肝臓の解毒能や抗酸化力や免疫力を高める生薬などを、病状に応じて併用するとがんの発生を抑える効果が出てきます。

炎症があったり、肝臓の線維化が進んでいると肝臓の血流が悪くなります。このような場合には、組織の血流を良くする桃仁・牡丹皮・芍薬・桂皮などを含む桂枝茯苓丸を併用すると良い場合があります。また、ウコン、莪朮、丹参、田三七人参などの生薬には血液循環を良くするだけでなく、肝機能を改善する効果も知られています。

炎症の持続は、慢性肝炎から肝硬変への進展や発がん過程を促進させる要因として重要です。炎症の過程で炎症細胞から分泌される炎症性サイトカインや増殖因子などが病気の悪化に関与しています。
腫瘍壊死因子α(tumor necrosis factor-alpha, TNF-a)は、C型肝炎における炎症反応の中心的なメディエーターであることが報告されています。TNF-aの血中レベルは、C型肝炎患者におけるALT(肝細胞が障害されると血中に放出される酵素の一種)の血中レベルや線維化の程度と相関することが報告されています。また、インターフェロン治療によって肝炎が軽快した患者においてTNF-αの血中濃度が低下することが知られています。
このような炎症性サイトカインは発がん過程やがん細胞増殖に促進的に働きます。シソ科の黄ごん、半枝蓮、夏枯草には、強い抗炎症作用やがん予防効果が知られています。
血中のTNF-αを低下させる生薬やハーブもいくつか知られています。お茶、イチョウ葉エキス、生姜、ナツシロツメクサ(feverfew)などが、TNF-αを低下させることが報告されています。多くのハーブに含まれるケルセチン(quercetin)というフラボノイドには、TNF-αの産生を阻害する強い活性があります。ケルセチン以外にも、フラボノイド類にはTNF-αの産生を阻害する活性をもつものが多くあります。

腫瘍は血管新生(angiogenesis)が伴わないと増殖しません。一般に炎症反応は血管新生を促進することが知られています。慢性炎症状態は酸化ストレスを増大し、腫瘍組織の血管新生を促進することになりますが、清熱剤による抗炎症作用は酸化ストレスと血管新生を抑制して肝臓がんの発生を予防する効果が期待できます。また、COX-2阻害剤は肝臓の線維化を抑制するという報告があります。