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線維筋痛症(Fibromyalgia)とは、全身に確かな痛みがあるのに、検査では異常がみつからない原因不明の病気です。首〜肩、背中や腰部、臀部などの体幹部や、太ももや膝、下肢などの痛みやしびれ・こわばり感、また眼の奥や口腔の痛み、頭痛など、体の広い範囲にわたって、様々な痛みの症状があります。
痛みの箇所や強さは人により異なります。また、普通なら痛みを感じない程の刺激に対して痛みを感じることもあります。痛い箇所は移動したりすることもあります。多くの圧痛点がみられるのが特徴です。
その他、疲労感、睡眠障害、抑うつ感、過敏性胃腸障害、便秘、下痢、腹痛、頭痛、生理不順などを伴うこともあります。これらの症状は気候や精神的ストレスによって影響をうけることもあります。
命に関わる病気ではありませんが、痛みのために日常生活や社会生活に支障が出るほどになることもあります。
40〜50歳代の女性に多い病気です。
血液検査やレントゲン検査でも異常は認められず、関節・筋肉・知覚・腱反射などにほとんど異常を認めません。
現時点では原因はまだ不明です。神経・内分泌・免疫系の不調や、痛みに関する神経伝達物質との関連、脳の異常等が考えられています。また、外傷や手術、ストレスが発症の引き金となることがあるようです。
根本的な治療法は確立されてません。抗炎症剤、精神安定剤、抗うつ剤 などによる対症療法が行われています。
最近、低用量ナルトレキソン療法が線維筋痛症に効果があるという報告があります。
以下の論文は米国カリフォルニアのスタンフォード大学医学部の麻酔科からの報告です。
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文献:
Fibromyalgia symptoms are reduced by low-dose naltrexone : a pilot study (線維筋痛症の症状は低用量ナルトレキソン療法で軽減する:予備的臨床試験)Pain Med. 10(4):663-672, 2009 |
要旨:
【目的】線維筋痛症は広範囲にわたる筋肉・骨格の痛みと機械的刺激に対する知覚過敏を特徴とする慢性的な疼痛性疾患である。この予備試験は、線維筋痛症の症状に対する低用量ナルトレキソン療法の有効性を検討する目的で実施した。
【試験デザイン】ベースライン(2週間)→プラセボ(2週間)→4.5mgナルトレキソン(8週間)→無投与(2週間)という、single-blindのクロスオーバー試験(crossover trial)を行った。
【患者】線維筋痛症の診断基準を満たし、麻薬系鎮痛剤を使用していない10例の女性患者を対象とした。
【投与】ナルトレキソンは神経繊維のオピオイド受容体とオピオイドの結合を阻害し、さらに中枢神経系におけるミクログリア(microglia)の活性を抑制する。低用量(4.5mg/日)のナルトレキソンは、ミクログリアの活性を抑制し、末梢神経と中枢神経系の炎症を抑制する。
【評価】被験者は毎日、携帯用パソコンを使って痛みの程度を記入した。さらに、2週間ごとに研究室に行って、機械的刺激や熱や冷たさに対する痛みの感受性の度合いを検査した。
【結果】低用量ナルトレキソン療法は、線維筋痛症の痛みの程度を、プラセボ(偽薬)と比べて、30%以上軽減した。さらに、機械的刺激や熱や冷たさに対する痛みの閾値は、低用量ナルトレキソンによって低下した(痛みが起こりにくくなった)。
副作用(不眠や夢)は稀で、一過性であった。
赤血球沈降速度の検査結果は治療に対する反応性を80%以上において示した。すなわち、赤血球沈降速度は、炎症の程度を示す指標であるが、低用量ナルトレキソン治療によって改善した。
低用量ナルトレキソン治療は、線維筋痛症の治療法として有効性と安全性が高く、費用のかからない治療法であることが示された。
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低用量ナルトレキソン(Low Dose Naltrexone)とは:
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【ナルトレキソン(Naltrexone)とは:
ナルトレソンはモルヒネに似た構造の化合物で、モルヒネなどのオピオイドイドとオピオイド受容体の結合を阻害する薬です。
麻薬中毒やアルコール中毒など薬物依存症の治療に使用されています。依存症の治療に使う量の10分の1くらいの低用量のナルトレキソンを投与すると、内因性オピオイドの分泌が増加し、様々な自己免疫疾患やがんに対して治療効果を発揮することが報告されています。
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ナルトレキソン
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モルヒネ
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【オピオイドとオピオイド受容体】
オピオイド(Opioid)とは「オピウム(アヘン)類縁物質」という意味です。
アヘン(阿片)はケシ(芥子)の未熟果から得られる液汁を乾燥させたもので、モルヒネやコデインなどの麻薬を含みます。アヘンの英語名は「opium(オピウム)」と言い、アヘンに含まれるモルヒネなどのアヘンアルカロイドが結合する細胞の受容体をオピオイド受容体と言います。オピオイド受容体はモルヒネ受容体とも呼ばれ、モルヒネは脳内のオピオイド受容体(モルヒネ受容体)に働いて、鎮痛作用などの効果を発揮します。
このオピオイド受容体は、モルヒネなどのアヘンアルカロイドが結合して作用を発揮する受容体として見つかりましたが、体内にもこのオピオイド受容体に結合して作用する物質があります。モルヒネなどの外来性のオピオイドはアルカロイドという化合物ですが、体内にはモルヒネ様の作用を示すペプチド(アミノ酸が数個から数十個つながってもの)が見つかっています。この内在性オピオイドは脳内に多く存在し、モルヒネと同様の作用を示します。鎮痛作用があり、また多幸感をもたらすと考えられており、そのため脳内麻薬と呼ばれることもあります。
オピオイド受容体や内在性オピオイドは複数の種類があります。ナチュラルキラー細胞やリンパ球など免疫細胞にもオピオイド受容体が見つかっており、オピオイドと免疫との関連が指摘されています。特に、ベータ・エンドルフィンが免疫力を調節する効果が注目されています。
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図:オピオイド受容体とはモルヒネ様物質(オピオイド)の作用発現に関与する細胞表面の受容体タンパク質。神経細胞の末端に存在するオピオイド受容体にオピオイドが結合すると、疼痛伝達物質(サブスタンスPなど)の放出を抑制して鎮痛作用を発揮します。さらにTリンパ球などの免疫細胞の細胞表面にも存在し、オピオイドによる免疫調節作用にも関与しています。
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【ベータ・エンドルフィンとは】
生体内のオピオイドはペプチドであり、作用する受容体の違いによってエンドルフィン類(μ受容体)、エンケファリン類(δ受容体)、ダイノルフィン類(κ受容体)の3つに分類されます。
エンドルフィン(endorphin)は「体内で分泌されるモルヒネ」という意味です。アルファ、ベータ及びガンマの各エンドルフィンがあり、その中でも、ベータ・エンドルフィンはモルヒネに比べて6.6倍の鎮痛作用があり、多幸感や免疫増強の作用も知られています。
ベータ・エンドルフィンは31個のアミノ酸からなるペプチドです。
マラソンなどで長時間走り続けると気分が高揚してくる作用「ランナーズハイ」は、エンドルフィンの分泌によるものとの説があり、性行為をすると、ベータ・-エンドルフィンが分泌されると言われています。
肉体的な痛みや疲労が高まると、脳の下垂体部分からベータ・-エンドルフィンが分泌され、肉体的・精神的な苦痛やストレスを抑える働きがあります。
つまり、抗ストレス作用や忍耐力の増大や、身体的や精神的な苦痛を和らげる効果があります。
ベータ・-エンドルフィンは、免疫にも非常に大きく関係しています。
体内に侵入した異物や体内に発生したがん細胞を攻撃するナチュラルキラー細胞やリンパ球にはベータ・-エンドルフィンに対するレセプター(受容体)が存在に、このレセプターにベータ・エンドルフィンがくっつことによりこれらの免疫細胞が活性化します。
このように、ベータ・エンドルフィンは、強力な鎮痛作用の他に、抗ストレス作用、忍耐力増強、免疫調節などの効果があり、様々な自己免疫疾患やがんや神経変性疾患などの治療にも役立つことが知られています。
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【低用量ナルトレキソンはベータ・エンドルフィンなどの内因性オピオイドの分泌を高める】
ナルトレキソンはオピオイドとオピオイド受容体の結合を阻害する薬で、麻薬やアルコールなどの依存症の治療に使用されています。依存症の治療に使う量の10分の1くらいの低用量のナルトレキソンを投与すると免疫力やがんに対する抵抗力を高める効果が報告されています。
薬物依存症の治療に使用する量(1日50mg)では、脳内におけるオピオイドとオピオイド受容体の結合を完全に1日中阻害し、薬物依存を治す効果があります。
しかし、この量の10分の1(3〜5mg)の低用量を投与すると、その阻害作用は数時間しか続きません。このように、内因性オピオイド(ベータ・エンドルフィンなど)とオピオイド受容体が1日数時間阻害される状況が続くと、体はその阻害されている状況を代償するためにフィードバック機序によって、より多くのベータ・エンドルフィンやエンケファリンなどの内因性オピオイドを産生するようになります。たとえば、睡眠前に低用量(3〜4.5mg)のナルトレキソンを服用すると、朝には体内でベータ・エンドルフィンの産生が著明に高まると報告されてます。体内でのベータ・エンドルフィンの産生増加は、免疫力増強や抗ストレス作用や耐久力増強や鎮痛作用の効果を引き起こすことが想定されています。
ベータ・エンドルフィンは気持ちがいい、楽しいと感じたときに分泌され、免疫力を強化し、自己治癒力を高める作用があります。
瞑想や気功・太極拳をするとα波が出てリラクゼーションになるといわれますが、このときにもベータ・エンドルフィンの産生が高まることがリラクゼーション効果と関係することが報告されています。がん治療にイメージ療法や気功が使われますが、その作用機序としてベータ・エンドルフィンの関与が指摘されています。
鍼灸が効くメカニズムの一つに、鍼灸の刺激によって体内のベータ・エンドルフィンの分泌が高まることが報告されています。
漢方薬に使用される生薬の研究でも、ベータ・エンドルフィンの分泌との関連を指摘した報告があります。体力増強や抗ストレス作用などのアダプトゲン効果の作用機序の一つに、体内モルヒネのベータ・エンドルフィンの関与を指摘した意見もあります。
低用量ナルトレキソン療法は、内在性オピオイド(ベータ・エンドルフィン、エンケファリン)の産生を高めて、体に備わった免疫力や治癒力を高める方法として有効な治療法です。
図:強い鎮痛作用をもつモルヒネはケシの未熟果から採られ、鎮痛剤として使われている。モルヒネと同じような作用をもつ物質が体内(特に脳)に存在し、内在性オピオイドや脳内麻薬などと呼ばれる。その一つのベータ・エンドルフィンは、モルヒネより強力な鎮痛作用や免疫力増強や抗ストレス作用などの効果がある。低用量ナルトレキソンは体内のベータ・エンドルフィンの産生を高め、自己免疫疾患やがんの治療にも役立つ。
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費用とお問合せ:
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線維筋痛症の治療にアセチル-L−カルニチンが有効という報告があります。
Double-blind, multicenter trial comparing acetyl l-carnitine with placebo in the treatment of fibromyalgia patients.(線維筋痛症患者の治療におけるアセチル-L−カルニチンの多施設によるプラセボ対照二重盲検比較試験)Clin Exp Rheumatol 25(2): 182-188, 2007 |
(要旨の要約)線維筋痛症の発症原因の一つとして、カルニチンの不足などの代謝異常の関与が指摘されている。そこで、線維筋痛症患者102名(試験群42名)を対象とし、無作為化プラセボ対照二重盲検比較試験を実施した。アセチル L-カルニチンの経口投与(1,000mg/日)と筋注(500mg/日)の併用を2週間、その後8週間は経口投与(1,500mg/日)した結果、疼痛閾値および痛みのある圧痛点の減少が見られた。 |
したがって、低用量ナルトレキソン療法とアセチル L-カルニチンを併用すると、線維筋痛症の症状改善効果を高めることができます。
アセチル-L-カルニチンについてはこちらへ:
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