●乳がんの漢方治療
がんの漢方治療においては、患者さんの体力や抵抗力や回復力を高め、不快な自覚症状を改善してQOL(生活の質)を良くすることを、主な目標としています。したがって通常は、体力や食欲の状態、自覚症状、がんの進行状況や治療方針によって、漢方薬の処方内容を決めることが多く、がんの種類はあまり関係ありません。つまり、胃がんや肺がんといったがんの種類によって違った処方があるわけではなく、症状や病状の違いが処方の差になります。 しかし、女性ホルモンのエストロゲンによって増殖が刺激されるがんの場合は、他のがんと違った注意が必要です。女性ホルモン作用をもった生薬が存在するからです。 乳腺組織や子宮内膜組織はエストロゲンの作用によって増殖が促進されます。それらの組織から発生する乳がんや子宮体がんの中にはエストロゲンによって増殖が促進されるものがあります。エストロゲンによって増殖が促進される(エストロゲン依存性という)乳がんや子宮体がんの場合に問題となるサプリメントの代表が大豆イソフラボンです。マメ科の生薬の葛根(かっこん)にもイソフラボンが多く含まれています。高麗人参のエストロゲン作用に関しても議論があり、米国では乳がん患者は高麗人参の使用は避けるべきだという意見が一般的です。
大豆イソフラボンは、体内でつくられるエストロゲンと構造や働きが似ているため植物エストロゲン(フィトエストロゲン)と呼ばれています。 植物エストロゲンはエストロゲンと似た作用を示すことから、エストロゲンの低下で起こる更年期障害や骨粗しょう症を改善する効果が期待され、サプリメントとして注目されるようになりました。しかし、食品安全委員会は1日の大豆イソフラボンの摂取量の上限を70〜75mgとし、サプリメントから摂取する場合には1日30mg以上は推奨されないという指針を出しています。イソフラボンの取り過ぎが、人体においてホルモンバランスに影響する可能性が否定できないからです。 大豆イソフラボンのような植物エストロゲンの摂取はエストロゲン依存性の乳がんの再発を促進する可能性が指摘されています。抗エストロゲン剤を使ったホルモン療法を受けているときは、大豆イソフラボンのようなエストロゲン活性を持った健康食品は治療の妨げになるので、摂取しないように指導されるのが一般的です。米国では大豆製の食品も控えるべきだという意見もあります。 しかし、上海で行なわれた臨床試験の結果からは、日本人が通常摂取している量の大豆製品を摂取した方が予後が良いことが報告されています。(詳しくはこちらへ) このような、イソフラボンに対する最近の見解から、エストロゲン依存性の乳がんや子宮体がんの治療中や再発予防を目的とした漢方治療においても、生薬に含まれる植物エストロゲンに対する注意が必要です。
乳がん細胞のエストロゲン依存性の有無は、病理組織検査でホルモン受容体の量を調べることによって判別できます。エストロゲンに非依存性(エストロゲン受容体がマイナス)の場合は、漢方治療は他のがんと同じです。手術後の回復促進や、抗がん剤や放射線治療の副作用軽減、治療後の再発予防の目的で、適切な漢方治療は有用であり、生薬のエストロゲン活性への配慮は必要ありません。 がん細胞がエストロゲン依存性(エストロゲン受容体がプラス)の場合には、植物エストロゲンを多く含むハーブや生薬の使用は極力減らした方が良いと言えます。ただし、ハーブや生薬中の植物エストロゲンの量に関する情報は乏しいのが実情です。 植物エストロゲン作用が文献的に報告されている生薬として、葛根と高麗人参が良く知られています。漢方処方で使用頻度の高い当帰(とうき)や甘草(かんぞう)にもエストロゲン作用があるという報告もあります(当帰については問題ないという意見が多くあります)。日頃から食べている野菜の中にも植物エストロゲンが含まれているものが知られていますので、知らずに使っている生薬の中にエストロゲン活性を持ったものがある可能性はあります。 台湾の医療ビッグデータを用いた解析では、エストロゲン依存性乳がん患者が高麗人参や当帰を含む漢方薬を服用しても問題は無く、むしろメリットになることが報告されています。(詳しくはこちらへ)
乳がん細胞のエストロゲン依存性の有無は、病理組織検査でホルモン受容体の量を調べることによって判別できます。エストロゲンに非依存性(エストロゲン受容体がマイナス)の場合は、漢方治療は他のがんと同じです。手術後の回復促進や、抗がん剤や放射線治療の副作用軽減、治療後の再発予防の目的で、適切な漢方治療は有用であり、生薬のエストロゲン活性への配慮は必要ありません。 がん細胞がエストロゲン依存性(エストロゲン受容体がプラス)の場合には、植物エストロゲンを多く含むハーブや生薬の使用は極力減らした方が良いと言えます。ただし、ハーブや生薬中の植物エストロゲンの量に関する情報は乏しいのが実情です。 植物エストロゲン作用が文献的に報告されている生薬として、葛根と高麗人参が良く知られています。漢方処方で使用頻度の高い当帰(とうき)や甘草(かんぞう)にもエストロゲン作用があるという報告もあります(当帰については問題ないという意見が多くあります)。日頃から食べている野菜の中にも植物エストロゲンが含まれているものが知られていますので、知らずに使っている生薬の中にエストロゲン活性を持ったものがある可能性はあります。
台湾の医療ビッグデータを用いた解析では、エストロゲン依存性乳がん患者が高麗人参や当帰を含む漢方薬を服用しても問題は無く、むしろメリットになることが報告されています。(詳しくはこちらへ)
ホルモン依存性の乳がんの治療や再発予防では抗エストロゲン剤が使用されます。 これは細胞のエストロゲン受容体を塞いだり、体内のエストロゲンの産生を阻害したりする薬剤で、このホルモン療法によって体内のエストロゲンの作用が低下するため、更年期障害のような症状が副作用として出現します。 大豆イソフラボンは更年期障害に有効ですが、その作用機序はエストロゲン作用によるため、乳がんの患者さんには使えません。漢方薬で使用する生薬の中には、エストロゲン作用がなくて更年期障害に効くものがあります。これらをうまく利用すると、ホルモン療法の副作用を軽減しながら、再発予防効果を高めることができます。 当帰(とうき)は米国でも更年期障害のサプリメントとしてよく知られている生薬ですが、当帰のエストロゲン作用については賛否両論があります。当帰を含む漢方薬の当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は、卵巣を摘出したマウスの実験で、ストレスを緩和する効果が認められています。更年期の症状に対して、中枢神経に作用して、不安や不眠や抑うつを軽減する効果が示唆されています。 顔面のほてり、のぼせ、発汗といった末梢血管の拡張による自律神経症状に対しては、桃仁(とうにん)、牡丹皮(ぼたんぴ)、桂皮(けいひ)の効果が指摘されています。桃仁と牡丹皮は血液循環改善や抗炎症の効果があり、桂皮はおだやかな解熱発汗、鎮痛作用があり、これらを含む桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)は、エストロゲンの低下によって生じる血管拡張性の生理活性ペプチドの作用に影響して、のぼせのような自律神経症状を緩和することが報告されています。桂枝茯苓丸にはエストロゲン作用がないことは乳がん細胞を用いた実験で示されています。 当帰芍薬散は当帰(とうき)・芍薬(しゃくやく)・川キュウ(せんきゅう)、蒼朮(そうじゅつ)(または白朮(びゃくじゅつ))・茯苓(ぶくりょう)・沢瀉(たくしゃ)の6種類の生薬から構成され、利水作用と補血作用の加わった駆お血剤です。貧血やむくみを伴う比較的体力の低下した状態に適します。がん患者においては皮膚につやがない、顔色が悪いなどの症状(栄養不良症状)とともに、浮腫・軟便・下痢などの症状が見られる場合に適します。 桂枝茯苓丸は桂皮・茯苓・桃仁・牡丹皮・芍薬の5つの生薬から成り、組織の血液循環を良くし、ダメージを受けた組織の修復を促進する効果があります。 このような漢方薬をベースにしながら、さらに症状に合わせた生薬や抗がん作用を持つ生薬などを組み合わせて処方を作ります。高麗人参や甘草や葛根などのエストロゲン作用が指摘されている生薬も、通常の量であれば問題はありません。このような注意を守れば、ホルモン療法を妨げずに、副作用を軽減しながら再発予防効果を高める、乳がんの漢方治療が実践できます。
「冷え」とは、抹消の血管が収縮して皮膚に流れる血液が不足して、手足や腰や背中などが冷たく感じる状態で、「冷え症」という病名が使われます。冷え症の状態が長く続いていて冷えやすい体質を持っているという意味で「冷え性」という用語を使う場合もあります。 西洋医学では冷え症というのはあまり問題にされませんが、漢方では「冷えは万病の元」という認識を持ち、冷えを取る生薬は漢方治療において重要な役割を果たしています。 体の冷えを訴える人は多いのですが、がん患者さんは冷え症の方がさらに多いように思います。それは、冷えが体の抵抗力や治癒力の低下を引き起こしてがん発生の一因になっている可能性と、がんの進行や治療にともなって生じる体力の消耗やストレスが血液循環を悪化させて冷えの原因となっているからかもしれません。 がん予防には肉を減らし野菜を多く摂取する食生活が基本になりますが、野菜の多い食事やあっさりした食事は体の冷えの一因にもなります。精神的なストレスは、交感神経を緊張させて血管を収縮させ、血液循環を悪化させる原因となり、がん治療に伴う貧血や体力の消耗も血行を悪化させて冷え症の一因となります。 がん予防に理想的な食事や生活習慣を実践されている方ががんになった場合、ストレスや冷えが原因ではないかと思うことがよくあります。科学的な根拠があるわけではないのですが、経験的には、冷えはストレスとならんで、がんを発生させる要因の一つのようです。
個々の細胞は外部から取り入れた栄養素を素材にして、タンパク質や脂質や核酸など細胞の構成成分を合成すると同時に不要なものは処分し、炭水化物や脂肪酸を酸化してエネルギーを作り出しています。この仕組みが物質代謝(ぶっしつたいしゃ)です。また、組織や臓器内においては、古くなった細胞がアポトーシスで死んで、細胞分裂で新しい細胞が絶えず入れ替わっています。このような物質代謝と細胞の入れ替わりが組織の新陳代謝(しんちんたいしゃ)です。 新陳代謝は、生体の恒常性維持(こうじょうせいいじ)機能や修復・再生機構の基礎であり、新陳代謝が悪い状態では自然治癒力は十分働きません。冷えは組織の血液循環やエネルギー産生や新陳代謝が悪くなった状態ですので、冷えがあることは治癒力低下の指標と考えます。がんの漢方治療においては、冷えを改善することは治癒力を高める上で重要な手段なのです。 再発予防の漢方治療では、免疫力を高めると同時に、血液循環や新陳代謝を良くすることを目標にしますが、そのとき冷えを改善する漢方薬をうまく使うことがポイントです。
寒気(さむけ)や体の冷えなどの症状を訴え、温かい飲み物を好むような状態を「寒証(かんしょう)」といい、新陳代謝や血液循環が低下し生体熱量が不足しているような状態と解釈されます。この場合には体を温める漢方薬を用いなければなりません。一方、身体の熱感、顔面の紅潮、冷たいものをほしがるような状態を「熱証(ねっしょう)」と呼び、この場合には体を冷やす薬で治療します。その逆を行えば、病気はますます悪化してしまいます。 それぞれの生薬には、体を温めたり冷やしたりするという性質(薬性)があり、寒熱の証に合わせて使用します。食品でもショウガやトウガラシは体を温めますが、キュウリやスイカや柿などは生で食べると体を冷やします。同様に、薬物の寒熱に基づいて熱・温・涼・寒性の4つ、あるいは平性を加えて5つに分類しています。熱性や温性のものは体を温め、涼性・寒性のものは体を冷やす作用を持ちます。冷え症や寒証の人には体を温める薬を使わなければなりませんが、熱のある人(熱証)や暑がりの人には体を冷やす薬が使われます。薬や食品を「温かい」だの「冷たい」だのというのは、西洋薬や健康食品では問題にされませんが、漢方ではこの寒熱の考え方を無視して薬を使うことはできません。
熱産生は原則的に代謝の副産物です。代謝や循環が低下して熱産生が低下すると体の冷えが自覚されます。歳を取ると足腰の冷えを自覚するようになりますが、その基本は代謝が低下しているからです。このように体のエネルギー生成の低下(気虚(ききょ)の状態)が進行して、体の熱産生作用の低下により寒け・冷えなどの症状が強くなった状態を漢方用語で陽虚(ようきょ)といいます。 川の流れも気温が下がれば凍りつくように、身体も冷えが強くなると「気(き)・血(けつ)・水(すい)」の流れが悪くなり滞りやすくなります。したがって、陽虚になって代謝が低下すると水分の吸収・排泄が低下するために消化管内や組織間に水分が停滞して、浮腫や水様性下痢が出現しやすくなります。血液の循環も悪くなると多くの臓器や組織の活動や新陳代謝はますます悪くなります。この悪循環を断つためには、代謝を亢進させて熱産生を高める必要があり、このような陽虚の状態を改善することを補陽(ほよう)といい、それに用いる生薬を補陽薬(ほようやく)といいます。同時に、血液循環を良くする駆お血薬や、体液の流れや水分の排泄を促進する利水薬(りすいやく)を併用すると冷えを改善する効果が高まります。 高麗人参(こうらいにんじん)、桂皮(けいひ)、附子(ぶし)、芍薬(しゃくやく)、当帰(とうき)、川キュウ(せんきゅう)など多くの生薬に血管拡張作用が知られています。これらを服用すると、顔のほてりや発汗、手足が暖かくなるなどの効果が出てきますが、これは末梢血管拡張作用の結果です。 体の冷えがあると、体内の水の代謝が悪くなるうえに、冷えによって腎臓の働きも低下して体外への水の排泄が悪くなり、体内に余分な水分が貯留します。これを水毒(すいどく)あるいは水滞(すいたい)といいます。逆に水毒が冷えの原因になることもあります。したがって、冷えの漢方治療ではたまった水を追い出す利水薬も重要です。 比較的体力の低下した女性に冷えに使われる当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)は、貧血を改善し血液循環を良くする当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、川キュウ(せんきゅう)に、体液の流れを良くする蒼朮(そうじゅつ)、沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)を加えた漢方薬です。たまった水を追い出すことが冷え症の改善に効果があると考えた組み合わせです。 高齢者の冷えに使われる八味地黄丸(はちみじおうがん)には、新陳代謝を活性化し体を温める附子(ぶし)、桂皮(けいひ)に血液循環をよくする牡丹皮(ぼたんぴ)、体液の流れを良くする沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)などが組み合わされています。 附子(ぶし)(ハナトリカブトの塊根)は補陽薬の代表です。成分のアコニチンというアルカロイドには血管拡張・血行促進・強心・強壮作用・鎮痛作用などがあり、身体を温めて極度に低下した新陳代謝機能の活性化します。桂皮(けいひ)(クスノキ科のニッケイ類の樹皮)には血行を促進して体を温め、元気をつけ興奮性を増し、腹中を温める効果があります。 乾姜(かんきょう)はショウガを蒸してから乾燥したもので、体の中を温め、身体の機能低下と低体温を回復させる目的で使用します。 冷え症の治療では西洋医学より漢方の方がはるかに高い効果を発揮します。このような冷えを改善する生薬をうまく利用すると、がんに対する治癒力をさらに高めることができます。
図:がんの進行やがん治療によって体力の消耗(気虚)や貧血・栄養状態の悪化(血虚)が進行すると代謝の低下や体の冷え(陽虚)が起こる。体の冷えは、血液や体液の循環を悪化させ、さらに臓器・組織の活動や新陳代謝を低下させる。この悪循環を断ち切るには、駆お血薬や利水薬や補陽薬などを適切に組み合わせることが必要。