東京銀座クリニック
 
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進行乳がんの治療におけるアロマターゼ阻害剤とCOX-2阻害剤celecoxibの相乗効果

乳がんの多くは、エストロゲンによって増殖が促進されます。乳がん細胞がエストロゲン受容体を持っていてエストロゲンによって増殖が促進される状態を「エストロゲン依存性」と言います。
乳がん細胞がエストロゲン依存性で閉経後の場合は、アロマターゼ阻害剤が使われます。
 
アロマターゼは脂肪組織でエストロゲンを作っている酵素です。閉経前の人では卵巣でエストロゲンが作られますが、閉経後も副腎皮質から分泌されたアンドロゲンというホルモンをもとにして脂肪組織でエストロゲンが作られるので、閉経後でも少量ながら体内にエストロゲンが存在します。この閉経後のエストロゲン合成に関わっている酵素がアロマターゼで、アロマターゼ阻害剤は、この酵素の働きをさまたげることにより、体内のエストロゲンの量を一層少なくして、乳がん細胞の発育、増殖を抑えます。アロマターゼ阻害剤は閉経後の人に使用され、その有効性が証明されています。

アロマターゼとシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)が乳がんの発生や進展過程で重要な役割を担っていることが、多くの基礎研究で明らかになっています。これは、閉経後乳がんの治療において、アロマターゼ阻害剤とCOX-2阻害剤の併用が有望な治療法であることを示しています。
しかし、一方において、COX-2阻害剤の長期投与が血栓形成を誘発し心臓疾患の発症リスクを高める副作用が指摘されており、健康な人にがん予防の目的でCOX-2阻害剤を投与することに反対する意見もあります。
例えば、大腸がんのリスクの高い患者さんにCOX-2阻害剤を3年間投与すると、進行した腺腫の発生率を28%〜66%低下させますが、心血管疾患の発生率が1.3〜3.4倍に増えるという臨床試験の結果が出ています。

しかし、転移した再発乳がんの予後が不良(生存期間が短い)であることを考慮すると、アロマターゼ阻害剤にCOX-2阻害剤のcelecoxibを併用する治療法は、副作用によるデメリットよりも、生存期間を延ばすメリットの方が高い可能性があります。
このような観点から、他の臓器に転移した進行乳がんを対象とした臨床試験が行われています。現在までに得られているデータは、進行乳がんにおけるアロマターゼ阻害剤の治療において、シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)選択的阻害剤のcelecoxib(商品名;セレコックス、セレブレックス)の併用は有望な治療であることが示されています。

リンパ節に転移がある乳がんでは、手術後の再発率は5年間で40〜50%です。再発あるいは転移が見つかった場合、根治は難しく、平均生存期間は約2年というのが現状です。
ホルモン依存性の閉経後乳がんの治療においては、強力で選択性の高い第3世代のアロマターゼ阻害剤が広く使用されています。
第三世代のアロマターゼ阻害剤は2つに分類されます。
1つは可逆性にアロマターゼと結合し、その作用を競合的に阻害する非ステロイド系のトリアゾール化合物で、アナストロゾール(商品名:アリミデックス)レトロゾール(商品名:フェマーラ)などがあります。
もう一つは、アロマターゼを不可逆性に不活性化するステロイド系アンドロゲン類似化合物のエキセメスタン(商品名:アロマシン)です。
転移乳がんの治療においても、これらのアロマターゼ阻害剤が第一選択の治療薬として使用されます。

アスピリンやシクロオキシゲナーゼ阻害剤などの非ステロイド性抗炎症剤を常用している人は乳がんの発生率が低下することが、いくつかの臨床試験で報告されています。
複数のコホート研究や臨床試験をメタ解析した報告では、非ステロイド性抗炎症剤の服用によって、乳がん発生の相対危険度が0.82(95%信頼区間:0.75〜0.89)に低下することが示されています。(Br J Cancer 84: 1188-1192, 2001)

このような研究結果から、乳がん治療におけるアロマターゼ阻害剤とシクロオキシゲナーゼ(COX)阻害剤の併用療法の可能性について多くの研究が行われています。

【乳がん発生におけるアロマターゼとシクロオキシゲナーゼの役割】

閉経後の女性において血中に存在するエストロゲンのほとんどは、副腎皮質と卵巣から分泌されるアンドロゲンが、脂肪組織などに存在するアロマターゼによってエストロゲンに変換されたものです。
したがって、アロマターゼの活性を阻害すると、閉経後の女性の体内のエストロゲン濃度は著明に低下します。

シクロオキシゲナーゼ(COX)はアラキドン酸からプロスタグランジンを合成する際に働く酵素で、生理的な働きに関与するCOX-1と、炎症細胞やがん細胞から合成されるCOX-2の2種類があります。
COX-2によって産生されるプロスタグランジンE2は、乳がんの間質細胞におけるアロマターゼの合成を刺激する作用があります。
ヒト乳がんの組織において、COX-2とアロマターゼの発現量が正の相関を示すという結果も報告されています。
乳がん組織におけるCOX-2の発現量の増加が、乳がん細胞の悪性化を促進し、生存期間を短くすることが報告されています。
COX-2発現量の増加が、腫瘍の血管新生やがん細胞の増殖やリンパ節転移を促進することも指摘されています。
COX-2活性を阻害するとがん細胞が死にやすくなる可能性も報告されています。
このような基礎研究を総合すると、アロマターゼとCOX-2の活性は、乳がんの発生や進展を促進する方向で相乗作用を示すことが考えられます。

【アロマターゼ阻害剤とCOX-2阻害剤を併用する治療法の論理的根拠】

乳がん組織におけるアロマターゼとCOX-2の遺伝子発現レベルと活性は密接な正の相関関係にあることが、多くの基礎研究で明らかになっています。
ヒトの培養乳がん細胞を使った実験では、COX-2阻害剤がアロマターゼの発現量と活性を低下させることが報告されています。
このような研究結果は、アロマターゼ阻害剤を用いた乳がんの治療において、COX-2阻害剤を併用するとアロマターゼ活性の阻害作用が強化でき、治療効果を高める可能性を示唆しています。

COX-2活性はアロマターゼ活性を高める作用の他に、がん細胞のアポトーシス抵抗性を高めて死ににくくする作用、血管新生を促進する作用など、アロマターゼ活性とは関係ない作用機序で乳がん細胞の増殖を促進することが知られています。
したがって、COX-2阻害剤は多様な機序で抗がん作用を発揮します。

【アロマターゼ阻害剤とCOX-2阻害剤の併用療法に関する臨床試験】

乳がん患者を対象にアロマターゼ阻害剤とCOX-2阻害剤の併用療法の有効性を検討した臨床試験がいくつかあります。
Celecoxib Anti-Aromatase Neoadjuvant trial (CAAN) という臨床試験では、閉経後のホルモン依存性乳がん患者を対象に、アロマターゼ阻害剤のエキセメスタン(商品名:アロマシン)を25mgの1日1回投与とcelecoxibの400mgを1日2回投与を併用する併用療法と、エキセメスタン(25mg/日)単独投与、レトロゾール(フェマーラ)2.5mg/日単独投与の効果を比較しています。
この治療を3ヶ月間行った7日後に手術を実施し、腫瘍の縮小度合いを比較しています。
3つのグループ(n=12)とも、腫瘍の縮小と腫瘍マーカー(CEAとCA15-3)の低下を認め、その程度には統計的な有意差は認められていいません。しかし、エキセメスタンとcelecoxibを併用した1例においては、完全な臨床反応( complete clinical response)が認められました
その後の研究(n=31)では、3ヶ月治療後の臨床的奏功率は、エキセメスタン+celexoxibが62%、エキセメスタン単独が60%、レトロゾール単独が55%と報告されています。
他の臨床試験では、閉経後の進行乳がんに対して、エキセメスタン(25mg/日)とcelecoxib(400mgを1日2回)の併用治療を行った結果、無再発生存が6ヶ月後が72%、12ヶ月後が53%、全生存率は6ヶ月後が87%、12ヶ月後が71%でした。(Eur J Cancer 42: 2751-2756, 2006)

進行乳がん100例を対象とした別の臨床試験でも、エキセメスタン(25mg/日)とcelecoxib(400mg1日2回)の併用療法の有効性が報告されています。
臨床的有効性(完全寛解+部分寛解+病状安定)を示した割合は、エキセメスタン+celecoxib群が47%に対してエキセメスタン単独群は49%、進行するまでの平均期間は併用群が23.4週に対してエキセメスタン単独群は20週、平均生存期間は併用群が73.9週に対してエキセメスタン単独群は74.1週であり、両者に有意な差は認められませんでした。
しかし、臨床的有効性(完全寛解+部分寛解+病状安定)を維持した平均期間は、併用群が96.6週に対してエキセメスタン単独群は49.1週と約2倍の差が認められました。(J Clin Oncol 26:1253-1259,2008)
これはcelecoxibががん細胞の増殖を抑えたり血管新生を抑制する効果かあることと関連していると推測されています。

フランスで行われた第3相ランダム化比較臨床試験(GINECO study)は、他の試験でCOX-2阻害剤の心疾患への悪影響を示唆する報告が出たため、途中で中断されていますが、途中までの解析では、エキセメスタンにcelecoxibを併用することの有用性が示唆されています。転移した乳がん患者を対象にした検討では、エキセメスタン単独群とcelecoxib併用群の非進行生存期間は共に9.8ヶ月でしたが、タモキシフェンに抵抗性の60例の比較では、併用群の非進行生存期間の平均が12.2ヶ月に対して、エキセメスタン単独群では9.8ヶ月でしたタモキシフェン治療中、あるいはタモキシフェン治療中止12ヶ月後以内に進行した患者に絞って解析すると、非進行生存期間は、併用群が8.4ヶ月に対してエキセメスタン単独群では4.7ヶ月(p=0.09)で明らかな差が認められています。
この試験ではcelecoxibに起因する重篤な副作用は認められていません。
この結果は、乳がん細胞のホルモン療法抵抗性をcelecoxibが軽減させる作用を示唆しています。(Breast Cancer Res Treat 116: 501-508, 2009)

これらの臨床試験の結果は、抗エストロゲン剤のタモキシフェンに抵抗性になった転移性の乳がん患者にエキセメスタン(アロマシン)治療を行うときに、celecoxibを併用すると、抗腫瘍効果を高める可能性を示唆しています

最近の研究では、celecoxibは他のCOX-2阻害剤に比べて、心臓疾患のリスクを高める副作用は少ないことが報告されています。
今まで行われた臨床試験でも、celecoxibとアロマターゼ阻害剤の併用がアロマターゼ阻害剤単独投与と比べて副作用が強くなるというデータはありません。
むしろ、celecoxib併用群では血中コレステロール値が低下するというデータや、アロマターゼ阻害剤の副作用である関節痛や筋肉痛をcelecoxibが緩和するというメリットも報告されています。
以上の状況から、アロマターゼ阻害剤とcelecoxibの併用に関する複数の新しい臨床試験が再開されています。

Celecoxib併用の有用性に関する最終的な結論は今後の臨床試験の結果が出るまでは確定できませんが、転移を認める進行乳がんに対してアロマターゼ阻害剤を使用するときに、celecoxibを併用する根拠はあると言えます

参考文献:
Role of combination therapy with aromatase and cyclooxygenase-2 inhibitors in patients with metastatic breast cancer(転移乳がん患者におけるアロマターゼ阻害剤とシクロオキシゲナーゼ-2阻害剤の併用療法の役割)
Annals of Oncology 20(4):615-620, 2009年

 
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