ニトロキソリン(Nitroxoline)の抗がん作用

【ニトロキソリンは尿路感染症治療薬として50年以上前から使用されている】

ニトロキソリン(Nitroxoline)はヨーロッパやアジアやアフリカで50年以上前から使用されている抗生物質です。
経口摂取で消化管から効率よく吸収され、尿中に排泄され、尿中の濃度が高くなるので、尿路感染症に使用されています。

近年、ニトロキソリンは強力な抗腫瘍活性を持つことで注目されています。 血管新生阻害作用、アポトーシスの誘導、がん細胞の遊走や浸潤の阻害作用などが報告されています。
人間で、尿路感染症に使われる1日500mg〜750mgで十分な抗腫瘍効果が期待できます。
主要な代謝産物の硫酸ニトロキソリン(nitroxoline sulfate)は水溶性なので腎臓から容易に排泄されますが細胞膜は通りにくくなるので、がん細胞の中に入る効率が低下します。しかし、尿中ではニトロキソリンより硫酸ニトロキソリンの方が30から60倍も濃度が濃いいので、がん細胞の増殖抑制効果が高いと言われています。

尿中の濃度が高く維持されるので、尿路系のがん(腎盂がん、尿管がん、膀胱がん)の治療や再発予防に有効と言えます
リンパ腫、白血病、グリオーマ、膀胱がん、乳がん、膵臓がん、卵巣がん、前立腺がんなどの培養細胞を使った実験でニトロキソリンの抗腫瘍効果が報告されています。

【ニトロキソリンは強力な血管新生阻害作用を持つ】

血管新生は腫瘍の増殖と転移に重要な役割を果たしています。したがって、血管新生の阻害はがん治療薬開発のターゲットとして重要です
ニトロキソリンの抗がん作用のメカニズムの一つとして血管新生阻害作用が報告されています。  

血管新生を阻害するターゲット物質としてメチオニン・アミノペプチダーゼ-2(methionine aminopeptidase-2:MetAP-2)が注目されています。
175,000種類の化合物をメチオニン・アミノペプチダーゼ-2の酵素活性の阻害活性でスクリーニングした結果、ニトロキソリンがメチオニン・アミノペプチダーゼ-2を強力に阻害する作用が見つかっています。 さらに、ヒト臍帯静脈血管内皮細胞を用いた研究でもニトロキソリンが血管新生を阻害する作用が報告されています。

図:がん組織から血管内皮細胞増殖因子(VEGF)などの血管新生を促進する増殖因子が分泌される(①)。 VEGFは血管内皮細胞の増殖や血管形成を促進して新生血管を作る(②)。腫瘍組織を養う血管が増えると増殖と転移が促進される(③)。メチオニン・アミノペプチダーゼ-2は内皮細胞の増殖や血管形成において重要な役割を担っている(④)。尿路感染症治療薬として古くから使用されているニトロキソリン(Nitroxoline)はメチオニン・アミノペプチダーゼ-2の活性を阻害することによって、血管新生を阻害し、がん細胞の増殖を抑制する(⑤)。

【ニトロキソリンはBETファミリータンパク質を阻害する】

がん細胞の発生原因は、がん遺伝子やがん抑制遺伝子の塩基配列上の変化が蓄積し、細胞増殖や接着や細胞死などの制御が異常になることによると考えられています。 さらに、遺伝子の塩基配列の変化を伴わない遺伝子の発現異常,すなわちエピジェネティクスの機序による遺伝子発現異常も発がんに大きく寄与していることが近年明らかになってきました。

多くのがん細胞において、がん遺伝子や抗アポトーシスタンパク質(Bcl-2など)の発現上昇が確認されています。
BETファミリータンパク質は高アセチル化ヒストンへの結合を介して、がん遺伝子や抗アポトーシスタンパク質の発現を促進する作用があります。
ブロモドメイン(bromodomain)はヒストンのアセチル化リジンを認識し、制御タンパク質を集めてクロマチン構造や遺伝子発現を制御する機能が知られているタンパク質ドメインです。
ブロモドメイン繰り返し配列および特異的末端配列を持つBET(bromodomain and extra-terminal)ファミリータンパク質としてBRD2,BRD3,BRD4,BRDTが知られています。
ヒストンのアセチル化リジンとBETファミリータンパク質のブロモドメインの結合を阻害する薬剤をがん細胞に投与すると、遺伝子発現パターンが正常細胞に近づくことが知られています。ヒストンとBETファミリータンパク質の結合を阻害する低分子化合物(BET阻害剤)の抗がん作用が注目されています。 ニトロキソリンがBETタンパク質を阻害することが報告されています

図:ヒストン脱アセチル化酵素によってヒストンのアセチル化が低下するとクロマチンが凝集して遺伝子転写活性は抑制される(①)。ヒストンアセチル基転移酵素によってヒストンがアセチル化されるとクロマチンが緩み、遺伝子転写活性が亢進する(②)。ヒストンのアセチル化されたリジンを認識するブロモドメインの繰り返し配列と特異的末端配列を持つBET(bromodomain and extra-terminal)ファミリータンパク質(③)は、転写因子などをリクルートして、がん遺伝子や抗アポトーシスタンパク質の転写を活性化する(④)。その結果、がん細胞の増殖を促進する(⑤)。ニトロキソリンはアセチル化リジンとブロモドメインの結合を阻害する(⑥)。その結果、がん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導する。

【ニトロキソリンは膠芽腫の治療に有効】

膠芽腫(グリオブラストーマ)は悪性度の高い脳腫瘍で、治療が極めて困難です。この膠芽腫に対してニトロキソリンが有効であることが報告されています。

Nitroxoline induces apoptosis and slows glioma growth in vivo.(ニトロキソリンは生体内においてグリオーマ細胞のアポトーシスを誘導し、増殖を遅くする)Neuro Oncol. 2015 Jan;17(1):53-62.
この論文では、2種類のグリオーマの細胞株と、PTEN(がん抑制遺伝子の一種)とKRAS(がん遺伝子の一種)の2種類の遺伝子を改変してグリオーマを発生させるマウスの実験で、ニトロキソリンの抗腫瘍効果を検討しています。
その結果、ニトロキソリンがグリオーマ細胞の増殖を用量依存的に抑制し、細胞周期のG1/G0で停止し、細胞死(アポトーシス)を誘導することを示しています。 マウスのin vivoの研究でも、腫瘍細胞のアポトーシスを増やし、増殖を抑制する結果を示しています。

【ニトロキソリンはオプジーボの抗腫瘍効果を増強する】

岡山大学の泌尿器科のグループから以下のような論文が報告されています。

The Novel Combination of Nitroxoline and PD-1 Blockade, Exerts a Potent Antitumor Effect in a Mouse Model of Prostate Cancer.(ニトロキソリンとPD-1遮断薬の新規併用は前立腺がんのマウスモデルにおいて強力な抗腫瘍効果を発揮する)Int J Biol Sci. 2019 Mar 9;15(5):919-928.

【要旨】
プログラム細胞死タンパク質1(Programmed cell death protein 1:PD-1)遮断は前立腺がんに対する有望な治療戦略である。ニトロキソリンは、いくつかの種類のがんにおいて有効な抗がん作用を有することが知られている。前立腺がんのマウスの実験モデルにおけるニトロキソリンとPD 1遮断の併用療法の有効性を検討した。

インビトロの実験系において、ニトロキソリンはマウス前立腺がん細胞株RM9-Luc-PSAの生存と増殖を阻害することを見出した。 さらに、ニトロキソリンは、リン酸化PI3キナーゼ、リン酸化Akt(Thr308)、リン酸化Akt(Ser473)、リン酸化GSK-3β、Bcl-2、およびBcl-xLの発現を抑制した。 さらに、ニトロキソリンは培養した前立腺がん細胞および腫瘍組織におけるプログラム細胞死リガンド-1(PD-L1)の発現レベルを抑制した。

マウス前立腺がん同所性移植モデルにおいて、ニトロキソリン+ PD-1遮断は、ニトロキソリンまたはPD-1遮断をそれぞれ単独で使用した場合と比較して、腫瘍増殖を相乗的に抑制し、腫瘍重量、生物発光腫瘍シグナル、および血清中の前立腺特異抗原(PSA)レベルの減少をもたらした。 さらに、ニトロキソリンと PD-1遮断の併用は末梢血中のCD44+CD62L+CD8+ メモリーT細胞の細胞数の増加および骨髄由来抑制細胞の数を減少して、抗腫瘍免疫を有意に増強することを示した。

結論として、我々の実験結果はニトロキソリンとPD-1遮断薬の併用が、前立腺がん患者における有望な治療戦略になる可能性を示唆している。

リンパ球の一種のT細胞は、病原菌やがん細胞を攻撃・排除する働きがあります。しかし、T細胞が暴走して正常な細胞を攻撃すると危険なので、いくつかのブレーキ装置が備わっています。これを「免疫チェックポイント」と呼びます。 がん細胞は、ときに巧みにこの免疫チェックポイントを悪用して、T細胞にブレーキをかけてT細胞からの攻撃を逃れようとするのです。

がんによるブレーキがかからないようにする薬が免疫チェックポイント阻害薬です。 細胞傷害性T細胞にはPD-1やCTLA-4という受容体が存在します。PD-1プログラム細胞死1(programmed death-1)CTLA-4細胞傷害性Tリンパ球抗原-4 (cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4)の略です。
これらの受容体のリガンド(受容体に結合して作用する物質)となるPD-L1やB7(B7-1, B7-2)を抗原提示細胞が持つことによって細胞傷害性T細胞の働きを抑制しています。 つまり、PD-1受容体やCTLA-4受容体がリガンドによって刺激されると、T細胞の増殖が停止し細胞死を来すことになります。このようにして細胞傷害性T細胞の過剰な応答を制御しているのです。

細胞傷害性T細胞の働きを阻害するPD-L1やB7はがん細胞にも発現しています。つまり、がん細胞は免疫系の制御システムを利用して、がん組織内の細胞傷害性T細胞の働きを阻止しています
PD-1受容体やCTLA-4受容体は細胞傷害性T細胞を死滅させるスイッチなようなものなので、これらのスイッチが入らないようにすれば、細胞傷害性T細胞は生き残ってがん細胞の攻撃力を高めることができます。 CTLA-4に対する抗体(ヒト型抗ヒトCTLA-4モノクローナル抗体)のイピリブマブ(ipilimumab: YERVOY)やヒト型抗PD-1モノクローナル抗体のニボルマブ(nivolumab商品名「オプジーボ(Opdivo)」)などがあります。
このような免疫チェックポイント阻害剤を使用すると、がん細胞を攻撃する細胞傷害性T細胞の働きを高めることが可能になります。

上記の論文は、このような免疫チェックポイント阻害剤にニトロキソリンを併用すると、抗腫瘍効果を高めることができるという報告です。 オプジーボやヤーボイなど免疫チェックポイント阻害剤の治療にニトロキソリンの併用を試してみる価値はありそうです。

ニトロキソリンの処方:

商品名:Nitroxolin forte
メーカー:Rosen Pharma(ドイツ)
価格:1カプセル(250mg)/ 400円
用法:1日に500から750mgを服用します。がんが大きい場合や進行が速い場合は増量します。

ご希望のかたは、メール(info@f-gtc.or.jp)か電話(03-5550-3552)でお問合せください。

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