抗がん剤が効かなくなった再発乳がんが、漢方薬・サリドマイド・COX-2阻害剤の併用で縮小
Mさん(52歳、女性)は3年程前に右の乳がんで手術と放射線治療を受け、その後は抗エストロゲン剤の内服薬を用いたホルモン療法を受けていました。しかし8ヶ月程前より乳がんの腫瘍マーカー(CEA, CA15-3)が上昇し、検査の結果、肺に1〜2cm大の複数の転移が見つかりました。
抗がん剤を複数組み合わせた化学療法が行われましたが3ヶ月後の検査では腫瘍の大きさも腫瘍マーカーの数値も変わりませんでした。抗がん剤の種類を変えてさらに化学療法が行われましたが、腫瘍に対する効果は乏しく、副作用で体力は低下するばかりでした。
抗がん剤の効果を高める方法がないかと私の外来を受診してきましたので、抗がん生薬(竜葵・半枝蓮・莪朮・三稜など)と免疫力や体力を増強する生薬(高麗人参・黄耆・茯苓・霊芝など)を組み合わせた漢方薬と、血管新生阻害作用を持つサリドマイドとCOX-2阻害剤のセレコックス(celecoxib)の併用を提案し、患者さんと主治医も同意しましたので治療を開始しました。
今まで抗がん剤治療だけでは腫瘍を縮小させることはできなかったのですが、漢方薬とサリドマイドとセレコックスを併用してからはがんが縮小するようになり、2ヶ月後には腫瘍マーカーが3分1以下に減少し、CT検査でもがんは明らかに縮小していました。さらに4ヶ月の治療で肺の転移が目で見えないレベルになったので、免疫力を落とす抗がん剤治療を中止し、漢方治療とCOX-2阻害剤の併用で再発を予防することにしました。抗がん剤を使い続けていると、いつか効かなくなるときがあります。これはがん細胞がその抗がん剤に耐性を獲得するためです。がん細胞は抗がん剤に対して種々のメカニズムで耐性を獲得していきます(下図)。抗がん剤を細胞の外に排出するポンプの作用を持つ蛋白質の合成を増加させたり、抗がん剤を不活化させる物質や薬の目標になる蛋白質を増産させて薬剤の作用を妨害します。抗がん剤の攻撃目標がDNAであれば、DNA修復を促進することにより細胞死を阻止しようとします。
多くの抗がん剤は細胞のアポトーシスを引き起こすことによって効果を発揮します。細胞には自ら細胞死を実行するプログラムが内在しており、細胞が傷付くとこのプログラムによって死にます。この細胞死をアポトーシスといいます。がん細胞はいろんな機序によってアポトーシスに対する抵抗性を獲得していきます。細胞死が起きにくくなるというアポト−シス耐性の獲得も抗がん剤耐性の重要なメカニズムです。
図:がん細胞は様々なメカニズムで抗がん剤の効き目を弱めている。例えば、抗がん剤の分解や代謝による不活性化の促進(①)、排出ポンプを増やして抗がん剤を細胞外への排出の促進(②)、抗がん剤のターゲット分子の増産(③)、アポトーシスに抵抗性になるBcl-2サブファミリーのタンパク質を増やしたり、アポトーシスを誘導するBaxサブファミリーの活性を抑制して細胞死に対する抵抗性の獲得(④)、ダメージを受けたDNAなど細胞成分の修復の促進(⑤)、など多くのメカニズムが知られている。
酸化ストレスなど様々な細胞のストレス状態ががん細胞のアポトーシス感受性を低下させることが知られています。例えば、NF-kBという転写因子は酸化ストレスによって活性化されますが、NF-kBの活性が亢進すると、アポトーシスに抵抗性になって化学療法が効きにくくなることが報告されています。TNF-aや化学療法剤や放射線療法によっても、がん細胞のNF-kBが活性化されて細胞死に対して抵抗しようとする機序が働きます。したがって、NF-kB活性を阻害する方法はがん細胞の治療の感受性を高めることが期待できるのです。漢方薬の成分の中にはNF-kBの活性を阻害するもの(木香のコスツノライド、欝金のクルクミンなど)も報告されていますので、このようなものを上手に使用することによって化学療法の効き目を高めることもできます。
がん組織中における低酸素やグルコース欠乏やpH低下などのストレス状態ががん細胞の抵抗性を高めることが報告されています。がんの組織を顕微鏡で観察すると、がん組織の中心部は血行が悪いためがん細胞が死んでいます。しかし、生き残ったがん細胞は低酸素やグルコース欠乏やpH低下などのストレスに適応するようになり、細胞死に抵抗性をもったがん細胞が次第に残っていきます。ストレス状況下では、がん細胞はそれに順応してより強いものが生き残るというわけです。その結果、抗がん剤が効きにくい悪性度の高いがんに進展していくことにもなります。
がん細胞におけるCOX-2の発現がアポトーシス抵抗性と関わっているという報告もあり、COX-2阻害剤はがん細胞にアポトーシスを起こしやすくする効果が期待できます。
抗がん剤治療だけでは、必ずその抗がん剤に耐性のがん細胞が出現してきます(下図)。がん細胞が抗がん剤で死滅しやすいようにすることが必要です。その目的で、抗がん作用のある漢方薬と血管新生阻害作用のあるサリドマイドやCOX-2阻害剤の併用は有効です。
図:抗がん剤治療前のがん組織のがん細胞は薬剤耐性の程度において不均一で、薬剤耐性の低いがん細胞や高いがん細胞が混在している(①)。抗がん剤の投与を行うと、投与した抗がん剤に感受性のがん細胞は死滅するが、耐性のがん細胞は生き残る(②)。生き残ったがん細胞は増殖してがんは再発する(③)。さらに同じ抗がん剤を投与しても、がん細胞は死滅せずにさらに抗がん剤耐性細胞の比率は増し、がん組織は増大する(④)。