【シメチジンの抗腫瘍効果のメカニズムについて】
シメチジンの抗腫瘍作用のメカニズムに関しては、様々な報告があり、まだ十分に解明されていません。以下のような可能性が指摘されています。
○ 接着因子のE-セレクチンの発現抑制:
がん細胞が原発巣で増殖し、局所浸潤、血管外脱出を経て血行性に転移巣を形成する過程において、がん細胞の表面に発現するシアリルルイスXやシアリルルイスAなどの糖鎖抗原と標的臓器の血管内皮細胞に発現するE-セレクチンとの接着は、最初の重要なステップと考えられています。
シアリルルイスXやシアリルルイスAとE-セレクチンの接着によってがん細胞は血管内皮細胞上をローリングし始めますが、この現象がインテグリンとフィブロネクチンとの接着に代表される強固な接着の引き金になると考えられています。
したがって、シアリルルイスXやシアリルルイスAなどの糖鎖抗原とそのリガンド(結合する相手物質)であるE-セレクチンの接着を阻害すれば、転移を制御できる可能性があります。
シメチジンは血管内皮細胞におけるE-セレクチンの発現を阻害する作用が報告されています。したがって、シアリルルイスXやシアリルルイスAなどを発現するがん細胞に対しては転移を抑制する効果が期待できます。
ある研究によると、大腸がん細胞の約70%はシアリルイス抗原を高レベルで発現していることが報告されています。乳がんや膵臓がんでもシアリルスイス抗原を発現しています。
抗がん剤治療では血管内皮細胞のE-セレクチンの発現が亢進するので、抗がん剤治療中にシメチジンを併用すると転移の予防になるという報告があります。
○ 血管新生阻害作用:
血管新生を阻害すると腫瘍組織の増大を抑えることができます。
血管新生を刺激する血管内皮細胞増殖因子(vascular endothe-lial growth factor, VEGF)の発現や活性を抑える効果や、血管内皮細胞の管腔形成過程を阻止する効果などが報告されています。
ヒスタミンはIL-12の産生を抑制します。 IL-12 は血管新生を促進する 因子である血管内皮細胞増殖因子や塩基性線維芽細胞増殖因子の産生抑制にも 関わっていることが報告されています。ヒスタミン H2 受容体拮抗薬は IL-12 の発現上昇を 介した VEGF 産生の抑制によってもその抗腫瘍作用を発揮している可能性が示唆されています。
○ アポトーシス誘導作用:
がん細胞に直接作用して細胞死(アポトーシス)を誘導する作用が報告されています。
○ 抗腫瘍免疫(Th1)の増強:
生体の免疫機構は細胞性免疫型(Th1)と体液性免疫型(Th2)のバランスにより制御されていますが、多くのがん患者や担がん状態の実験動物においてその免疫機構が Th2 型へ移行していることが報告されています。がん細胞の排除には細胞性免疫(Th1細胞)が中心的な役割を担うと考えられていることから、Th2 型への移行は担がん宿主の免疫機能低下の一因であると考えられています。
免疫機構が Th2 型に移行している担がんマウスに IL-12 を投与すると腫瘍の顕著な退縮が認められることが数多く報告されています。 IL-12 はナチュラルキラー細胞や T 細胞をその傷害活性の誘導・増強に向けて活性化するのみでな く、生体の細胞性免疫を促進する根源的な役割を担うサイトカインです。
IL-12 の主な産生細胞 はマクロファージおよび B 細胞であることが知られていますが、近年マクロファージからの IL-12 産生をヒスタミンが抑制すること、またその抑制作用はヒスタミン H2 受容体拮抗薬を前処置した際には認められないことが報告されています。多くのがん組織においてはヒスタミン含量の上昇や、ヒスタミン合成酵素であるヒスチジンデカルボキシラーゼ活性の上昇が確認されています。これらのことは、担がん状態における免疫機構の Th2 型への移行原因の一つに、上昇したヒスタミンに よるマクロファージからの IL-12 産生抑制が関与している可能性を示唆するものです。したがって、ヒスタミンH2受容体拮抗薬は、IL-12の産生を高め、細胞性免疫(Th1細胞)の活性を高める効果が期待できます。
○ 樹状細胞の活性化:
がん細胞に対する免疫応答の中でがん抗原に対する免疫応答誘導において鍵となる細胞である樹状細胞の抗原提示能を増強させる可能性が報告されています。
○ ナチュラルキラー細胞の活性化:
インターロイキン12(IL-12)の発現を亢進してナチュラルキラー細胞活性を高める効果が報告されています。
前述のごとく、ヒスタミンはIL-12 の産生を抑制するので、シメチジンはIL-12の産生を高めてナチュラルキラー細胞活性を高める効果を発揮します。
○ 細胞傷害性Tリンパ球の活性化:
ヒスタミンには細胞傷害性Tリンパ球の生成を抑制する作用が知られています。さらにヒスタミンH2受容体はサプレッサーT細胞にも発現が認められ、ヒスタミンによりサプレッサーT細胞が活性化され、宿主側の免疫システムを減弱させると報告されています。そこでヒスタミンH2受容体拮抗薬が上記のヒスタミンの作用を抑制し、免疫システムを増強し、抗腫瘍作用を示すのではないかと推測されています。
また、抗腫瘍免疫の働きを弱める骨髄由来抑制細胞や制御性T細胞の働きをヒスタミンが高めるので、抗腫瘍免疫が抑制されるという報告もあります。
シメチジン投与群では腫瘍組織にリンパ球の浸潤が多く見られたという報告があります。このような腫瘍組織に浸潤するリンパ球の存在は、腫瘍に対する宿主の免疫応答を意味しており、予後が良いことを示すサインと言えます。つまり、シメチジンはがん組織に対する免疫応答(細胞性免疫)を増強する効果があると言えます。
大腸がんはヒスタミンを分泌し、がん組織の中のヒスタミンのレベルが高いことが報告されています。つまり、がん患者や手術後の病態における免疫抑制には、ヒスタミンが関与している可能性があり、H2ブロッカーによって、免疫力低下の機序を解除できる可能性が指摘されています。
しかし、ヒスタミンH2受容体を介してヒスタミンの免疫抑制作用を阻害するという作用機序はシメチジン以外のヒスタミンH2受容体拮抗薬が活性を持たないことから疑問視する意見もあります。
|