目的:
シスプラチンは多くのがんの治療に広く使用されている抗がん剤であるが、シスプラチンの投与は酸化ストレス増大による腎臓毒性によって制限されることが多い。私たちの研究グループは水素分子(H2)が抗酸化剤として有効であることを報告してきた。(Ohsawa et al. in Nat Med 13:688-694, 2007)。この研究では、酸化ストレスを軽減する効果によって、水素分子がシスプラチンの抗腫瘍効果を阻害することなく、副作用を軽減することを明らかにした。
方法:
マウスにシスプラチン(腹腔内に17mg/kg)を投与した後、水素を1%含有する空気の充満したケージで飼育した。また、水素含有ガスの吸入の代わりに、水素水(0.8mMのH2を含む水)を自由に飲用させた。有効性は、酸化ストレス、死亡率、体重減少について評価して対象グループと比較検討した。腎臓障害の程度は、腎臓の病理学的所見、血清クレアチニンと尿素窒素(BUN)の測定によって評価した。
結果:
1)水素の吸入は、シスプラチンによって引き起こされる死亡と体重減少を改善し、腎臓障害を軽減した。
シスプラチンを17mg/kg1回投与したマウス(対象群)は、シスプラチン投与2日目から死亡し始め、6日目の生存率は60%であった。一方、シスプラチン投与後1%水素含有空気の充満したケージで飼育したグループ(水素投与群)では、5日目まで生存率は100%で、9日目の生存率は80%であった。
シスプラチン投与3日後の体重減少は、対象群が9.7%で、水素吸入群が3.5%であった。
シスプラチン投与72時間後には、血清クレアチニンと尿素窒素は約2〜4倍に上昇した。シスプラチン投与72時間後の血清クレアチニン値の平均値は、対象群が9.6mg/Lに対して水素吸入群は5.7mg/L、尿素窒素(BUN)値の平均は、対象群が863mg/Lに対して水素吸入群は477mg/Lであり、1%水素含有空気の吸入によって腎臓障害の軽減を認めた。
2)水素水の飲用で水素を体内に投与できる。
水素分子は水に溶解し、0.8mMの飽和濃度に達した。血中の水素濃度を測定するためには数mlの血液が必要なので、ラットを用いて、水素水の飲用で水素が血中に移行するかどうかを検討した。水素水をラット1匹(230g)当たり3.5mlを胃内にカテーテルで注入し、3分後に血中の水素濃度を測定した。血中の水素濃度は、食後投与で3.7倍、空腹時投与で7.6倍に上昇した。すなわち、水素水の飲用で、体内に水素分子を投与することができることが示された。
3)マウスにシスプラチン投与後、水素水を自由に飲用させると、酸化ストレス、死亡率、体重減少が改善した。
腎臓における酸化ストレスの評価として、脂質の過酸化によって生じるmalondialdehyde (MDA)の量を測定した。シスプラチン投与によって腎臓組織のMDAは約1.5倍に上昇したが、水素水を飲用した群では正常レベルに低下した。
水素水の飲用は、病理学的検査で腎臓細胞のアポトーシス(細胞死)の減少を認め、血清クレアチニンとBUNで評価した腎臓障害も軽減した。その効果は1%水素含有空気とほぼ同じレベルであった。
4)水素水はシスプラチンの副作用を顕著に軽減したが、シスプラチンの抗腫瘍効果は弱めないことを、培養細胞を使った実験(in vitro)と移植腫瘍マウスを使った実験(in vivo)で確認した。
結論:
水素はシスプラチンの副作用を軽減するので、抗がん剤治療中の患者のQOL(生活の質)を改善する効果が期待できる。
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