抗がん剤の副作用を軽減し抗腫瘍効果を高める
ミルクシスル (マリアアザミ)とその活性成分シリマリン
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【ミルクシスルとは】
- 学名はSilybum marianum というキク科の植物で、ミルクシスルの他、マリアアザミ、オオアザミ、オオヒレアザミなどと呼ばれます。和名はオオアザミです。原産は地中海沿岸で、ヨーロッパ全土、北アフリカ、アジアに分布しています。日本においても帰化植物として分布しています。
葉に白いまだら模様があるのが特徴で、この模様はミルクがこぼれたようにみえるためmilk thistle(thistleはアザミの意味)と言い、ミルクを聖母マリアに由来するものとしてマリアアザミの名があります。
- その種子がヨーロッパにおいて古くから肝障害の治療薬として民間療法として利用されています。近年、ミルクシスルの肝細胞保護作用や肝機能改善作用の効果が科学的に証明されています。
肝機能障害のためのサプリメントとして利用されており、ドイツのコミッションE(ドイツの薬用植物の評価委員会)は、粗抽出物の消化不良に対する使用や、標準化製品の慢性肝炎や肝硬変への使用を承認しています。
- ミルクシスルの活性成分はシリマリン(silymarin)というフラボノリグナン(flavonolignan)の混合物です。シリマリンには、シリビニン(silibinin), シリジアニン(silydianin), イソシリビン(isosilybin), シリクリスチン(silychristin)などがあります。シリビニン(silibinin)はシリビン(silybin)とも呼ばれます。このシリビニン(シリビン)が最も生物活性が高いシリマリン成分です。
- ミルクシスル種子は4〜6%のシリマリンを含有しています。
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シリビニンの構造。シリビニン(またはシリビン)は最も生物活性の高いシリマリンです。 |
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濃緑色の艶のある葉の縁は尖った波形で、葉脈に沿って白い縞模様があります。この模様がミルクがこぼれたように見えるため、ミルクを聖母マリアに由来するものとしてマリアアザミの名前がついています。種子が薬用として利用されます。 |
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- ヨーロッパでは2000年以上前から民間薬として肝機能障害などの治療に経験的に利用されています。1970年代から種子に含まれるシリマリンを中心に研究がすすめられ、ドイツでは肝炎や肝硬変の治療に30年も前から「レガロン」という名前で用いています。
- 肝硬変、慢性肝炎、脂肪肝、アルコール性肝疾患、胆管炎や胆管周囲炎、胆汁うっ滞に効果があり、さらに胆汁の溶解度を高め、胆石を治す効果も報告されています。ウイルス性肝炎やアルコール性肝炎あるいは肝硬変の患者を対象にした複数の臨床試験でシリマリンの肝機能改善効果や延命効果が確かめられています。
- シリマリンは最も強力な肝臓保護物質の一つとして知られています。
ミルクシスルのもつ肝臓保護作用は、肝臓の蛋白質合成を刺激する作用とともに、肝障害の原因となるフリーラジカルやロイコトリエンやプロスタグランジンを抑制することに起因します。シリマリンにはビタミンEより強い抗酸化作用があります。肝臓のグルタチオンの量を増やす効果も指摘されています。グルタチオンは肝臓の解毒能や抗酸化作用を高めます。
シリマリンは、アルコールやその他の肝臓毒素によるグルタチオン枯渇を防止します。健常者においても、肝臓の基礎グルタチオン値を35%上昇させることが報告されています。
- α-リポ酸とミルクシスルとセレニウム(セレン)の組み合わせがウイルス性慢性肝炎に効果があるという報告があります
- 抗がん剤による肝臓のダメージを軽減し、傷害を受けた肝細胞の再生を促進する作用が多くの臨床試験で確かめられており、血液浄化と解毒を促進するハーブとして利用されています。(後述)
シリマリンは肝細胞の蛋白質合成能を高め、ダメージを受けた肝細胞の修復や再生を促進します。(しかし、肝臓がん細胞に対しては増殖や蛋白合成を刺激する効果は無いと言われています)
- ミルクシスルは肝臓でのコレステロール産生を抑制するため、ミルクシスルの摂取によって胆汁中のコレステロールのレベルが低下することが報告されています。家族性高脂血症の患者にミルクシスルを投与すると血中総コレステロールが低下し、善玉コレステロールのHDL-コレステロールが上昇することが報告されています。
- 糖尿病患者に使用して、インスリン抵抗性を低下させ、血糖を下げ、糖尿病の合併症の腎臓障害や網膜症の予防効果が報告されています。シリマリンを服用することによって糖尿病患者の空腹時血糖が有意に低下することが複数の臨床試験で示されています。
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【ミルクシスルの血液浄化と解毒作用について】
「血液浄化」や「解毒」という用語は、漢方医学やアーユルベーダ医学などの伝統医療や自然療法でよく使用されます。体に取り込まれた毒物を解毒し、体内にたまった老廃物の排泄を促進して、血液をきれいにする作用を意味します。
抗がん剤による治療中や治療後では、死滅したがん細胞や正常細胞によって死細胞や老廃物が蓄積します。また、抗がん剤が完全に代謝されて排泄されるまでは抗がん剤の毒作用がしばらく残ります。このような体内に増えた毒性物質や老廃物の分解と排泄を促進し、血液をきれいな状態にするために、「血液浄化(cleansing)」や「解毒(detoxification)」を促進する薬草治療の有用性が検討されています。
抗がん剤治療中および治療後の血液浄化と解毒作用に関して、ミルクシスル(milk thistle)というハーブの有効性が報告されています。毒物を解毒し血液を浄化する主な臓器は肝臓と腎臓ですが、ミルクシスルは肝臓の解毒機能を高めることが知られています。ミルクシスルはヨーロッパでは古くから肝臓の治療薬として用いられ、抗がん剤治療によって受けたダメージの回復や血液浄化にも有効であることが多くの臨床試験によって確認されています。抗がん剤による肝臓のダメージを軽減し、傷害を受けた肝細胞の再生を促進する作用も確かめられており、西洋医学でも血液浄化と解毒を促進するハーブとして利用されています。
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【ミルクシスルによる抗がん剤治療中の肝臓傷害の予防効果】
アルコールや医薬品、トルエンやキシレンなどの化学薬品、毒キノコなど、多くの肝臓毒性物質による肝臓傷害に対して、ミルクシスルが肝臓保護作用を示すことは、動物実験のみならずヒトでの臨床試験でも確認されています。
例えば、死亡率30%に上る毒キノコであるタマゴテングタケ(Amanita phalloides)を摂取する前にミルクシスルの活性成分であるシリマリンを服用すると、100%の確率で中毒を防ぐことができ、毒キノコ服用後24時間後でも死亡を防ぐ効果があることが報告されています。
また、有毒なトルエンやキシレン蒸気に5〜20年間曝露された労働者の肝障害に対して、シリマリン投与によって有意な改善がみられることが報告されています。アルコール性肝障害に対しても、ミルクシスルおよびその活性成分のシリマリンは非常に高い改善効果が認められています。
動物実験では、四塩化炭素、ガラクトサミン、エタノールなど様々な有害な化学薬品による実験的肝障害の全てに対して、ミルクシスルは肝臓保護作用を示すことが確かめられています。
抗がん剤の多くは肝臓で代謝され、肝臓にダメージを与えます。このような抗がん剤治療による肝臓障害に対しても、ミルクシスルの有効性が報告されています。
肝障害を起こす抗がん剤としてdactinomycin, daunorubicin, docetaxel, gemcitabine, imatinib, 6-mercaptopurine, methotrexate, oaliplatinなどがあります。欧米では、これらの抗がん剤治療を受けている患者さんが、自分の判断あるいは医師の処方としてミルクシスルのサプリメントを摂取しています。欧米では、ミルクシスルの肝臓保護作用が良く知られており、サプリメントとして多くの商品が販売されています。肝障害を予防できると、抗がん剤治療を予定通り行うことができます。肝機能障害を発症した急性リンパ性白血病の50人の子供を対象に、ミルクシスルのサプリメントの治療効果がランダム化二重盲検試験で検討されています。その試験結果によると、ミルクシスルの投与によって、肝機能が著明に改善することが明らかになっています。
ミルクシスルは肝臓保護作用の他にも、抗がん剤による腎臓や心臓のダメージを軽減する効果も報告されています。
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【ミルクシスルの腎臓保護作用】
抗がん剤治療による腎臓毒性に対するミルクシスルの効果に関する臨床試験はまだ実施されていませんが、動物実験では、シスプラチン(cisplatin)やイフォスファマイド(ifosfamide)のような抗がん剤で引き起こされる腎臓障害に対してミルクシスルの成分が保護作用を示すことが報告されています。
放射線による腎臓のダメージにもミルクシスルは保護作用を示します。
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【ミルクシスルの心臓保護作用】
ドキソルビシンの心臓毒性に対してミルクシスルが保護作用を示す可能性が報告されてます。
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【全身麻酔による臓器障害の予防】
全身麻酔による副作用や合併症を予防するために、手術前にミルクシスルの服用を推奨する意見があります。シリマリン(420mg/日)の投与によって全身麻酔による肝障害が予防できることが臨床試験で示されています。
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【ミルクシスルは抗がん剤や放射線治療の効き目を高める】
ラットを使った実験ではγ線照射の1時間前にシリマリンを投与すると脾臓や肝臓や骨髄のダメージが緩和することが報告されています。
脳転移の患者に放射線治療を行うときにω3不飽和脂肪酸とシリマリンを服用すると、副作用が軽減し生存期間が延びることが臨床試験で示されています。
培養細胞や動物実験では、ミルクシスルは抗がん剤の効き目を高める可能性も示唆されてます。
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【直接的な抗腫瘍活性】
様々な動物発がん実験において、シリマリンががん予防効果を発揮することが報告されています。
切除不能の進行した肝臓がんが、1日450mgのシリマリンを服用してがんが自然退縮したという症例の報告があります。(Am J Gastroenterol. 90:1500-1503, 1995)
手術と放射線治療を行った前立腺がん患者において、シリマリン、大豆、リコピン、抗酸化剤の入ったサプリメントを服用することによって再発が有意に抑えられることが報告されています。(Eur Urol. 48: 922-930, 2005)
がん細胞のエネルギー産生と物質代謝の特徴であるワールブルグ効果を阻害する効果が報告されています(後述)。
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【服用量】
サプリメントとして商品化されているものは、70-80%のシリマリンを含有するように調整されており、臨床試験の多くはこのようなスタンダードな製品を用いています。
臨床試験では、シリマリンを1日に140mgを3回(420 mg/日)の用量で行われています。
ミルクシスル種子を熱湯で煎じて服用する方法は古くから使用されています。
煎じ薬の場合は、1日3〜9g程度の潰した種子を煎じ、これを1日数回に分けて服用します。
ミルクシスル種子は4〜6%のシリマリンを含有しますので、9gの種子にはシリマリンが360〜540mg含まれている計算になります。
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【副作用および使用上の注意】
ミルクシスルやその成分のシリマリンにはほとんど副作用が無いことが多くの臨床試験で示されています。副作用としては、便が軟らかくなることが稀にあるくらいです。胆汁の分泌が多くなって軟便や下痢の原因になるからです。
ドイツのCommissin Eによると、通常の量を摂取した場合にはミルクシスルによる副作用は報告されていません。米国ハーブ教会の分類では、適切に使用される場合、安全に摂取できるハーブに分類されています。
長期投与でも全く毒性は認められていません。
イリノテカンを投与中の大腸がん患者に1日200mgのミルクシスルを投与し、イリノテカンの代謝になんら悪影響を及ぼさなかったと報告しています。
今までの臨床研究から、1日5gまでのミルクシスルの摂取はほとんど副作用が現れないと言えます。
ミルクシスルは肝細胞の再生を促進する作用があるため、肝細胞ががん化した肝細胞がんに対しては、ミルクシスルを使用しない方が良いという意見があります。しかし、肝臓がん細胞の増殖を促進する効果は無いという反対意見や、ミルクシスルの服用によって肝臓がんが縮小した症例もあります。
高用量のシリビニンが乳がんの増殖を促進することを示した動物実験の結果が報告されていますので、投与するシリビニンの量や利用効率を高めることに対して疑問の声も上がっています。しかし、この動物実験で使用された用量は人間では達成できないほどの高用量であるので問題ないという反対意見もあります。
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【漢方がん治療への応用】
ヨーロッパでは、肝臓障害に対してミルクシスル単独での治療が行われていますが、漢方薬でも肝臓障害に有効な生薬は幾つも知られています。このような肝障害に有効な生薬やハーブをうまく組み合わせれば、抗がん剤による肝臓のダメージをさらに緩和することができます。
抗がん剤治療中の血液浄化と解毒機能を高めるために、駆お血薬(赤芍、桃仁、牡丹皮、莪朮、三稜など)や清熱解毒薬(板藍根、半枝蓮、白花蛇舌草など)にミルクシスルを併用することは有効です。
銀座東京クリニックでは、抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減するための漢方治療や、肝炎・肝硬変の漢方治療に、従来の生薬の組み合わせに加えてミルクシスルを利用しています。
参考文献:
Clinical applications of Silybum marianum in oncology. Integr Cancer Ther. 2007 Jun;6(2):158-65.
Review of clinical trials evaluating safety and efficacy of milk thistle (Silybum marianum [L.] Gaertn.). Integr Cancer Ther. 2007 Jun;6(2):146-57.
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がん細胞のワールブルグ効果を阻害するシリマリン
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【ワールブルグ効果をターゲットにしたがん治療が注目される理由】
抗がん剤は、がん細胞が増殖するために必要な物質の合成やシグナル伝達系や細胞構成成分の働きを阻害することによって、その効果を発揮します。抗がん剤のターゲットとして以下のように様々なものがあります。
1)細胞増殖因子やその受容体、細胞内の増殖シグナルに関与する物質など、がん細胞の増殖を促進するシグナル伝達系を阻害する。
2)細胞増殖に必要な物質(核酸や蛋白質)の合成を阻害する。
3)細胞分裂の過程を阻害する。(微小管重合の阻害など)
4)がん細胞の細胞死(アポトーシス)を妨げている原因を取り除く、あるいはアポトーシスを誘導する。
5)がん細胞を養う血管の形成(腫瘍血管の新生)を阻害する。
6)細胞分化を誘導する(がん細胞をより正常細胞に近づける)
7)がん細胞のエネルギー産生を阻害する。
このように様々なターゲットがあるなかで、がん細胞のエネルギー産生や物質代謝の特徴である「ワールブルブ効果」をターゲットにした治療法が注目されています。このワールブルグ効果(Warburg effect)というのは、「がん細胞では酸素が十分にある状況でも、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が抑制され、酸素を使わない嫌気性解糖系が亢進している」という現象で、がん細胞のエネルギー産生と物質代謝で最も特徴的な変化です。
ワールブルグ効果は80年以上前にOtto Warburg博士によって発見されました。ワールブルグ博士は、「がん細胞はミトコンドリアでのエネルギー産生の異常が原因となって発生する」と考えていましたが、その後の研究で、多くのがん細胞においてミトコンドリアの機能は正常であることが判明し、なぜ、がん細胞において嫌気性解糖系が亢進するのかが長い間謎となっていました。
嫌気性解糖系が亢進するのは、「がん細胞が低酸素状況に適応するための単なる結果」だとする意見が昔は主流でしたが、最近の研究では、このワールブルグ効果は細胞のがん化において重要かつ必要な変化だという考えが主流になってきています。
つまり、ワールブルグ効果によって、「がん細胞が増殖するために必要な核酸や脂肪酸やアミノ酸の合成量を増やすことができる」、「血管が乏しい低酸素状況でも増殖できる」、「ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を抑制すると細胞死を起こりにくくなる」、などのがん細胞の生存と増殖に有利になることが明らかになっています。
このワールグルグ効果を引き起こす重要な因子の一つが低酸素誘導因子-1(Hypoxia Inducible Factor-1:略してHIF-1)です。HIF-1はピルビンン酸脱水素酵素キナーゼ(ピルビン酸脱水素酵素を阻害する)の発現を促進してピルビン酸脱水素酵素(ピルビン酸からアセチルCoAへの変換)の活性を低下させ、さらにピルビン酸から乳酸への嫌気性解糖系に働く乳酸脱水素酵素の発現を促進する作用があります。つまり、HIF-1はピルビン酸からアセチルCoAへの変換を阻害してTCA回路を回らなくし、嫌気性解糖系(ピルビン酸から乳酸の変換)を亢進します。さらに、HIF-1は腫瘍特異的なピルビン酸キナーゼ-M2の発現を促進し、解糖系の途中におけるグルコース代謝産物から核酸や脂肪酸やアミノ酸の合成を促進する作用もあります。
したがって、「HIF-1の働きを阻害する」ことは、がん細胞に特徴的なエネルギー産生と物質代謝を正常化する一つの手段として有効だと言えます。
【低酸素誘導因子-1とは】
低酸素誘導因子-1(Hypoxia Inducible Factor-1; HIF-1)は、細胞が酸素不足に陥った際に誘導されてくる転写因子です。αとβの2つのサブユニットからなるヘテロ二量体であり、βサブユニットは定常的に発現していますが、HIF-1αは酸素が十分に存在するときにはユビチン化して26Sプロテアソームで分解されて活性がなくなります。低酸素になるとHIF-1αは安定化し、核に以降し、遺伝子の低酸素反応エレメント(hypoxia response element)に結合し、遺伝子の発現を誘導します。
HIF-1は各種解糖系酵素、グルコース輸送蛋白、血管内皮増殖因子(VEGF)、造血因子エリスロポイエチンなど、多くの遺伝子の発現を転写レベルで制御し、細胞から組織・個体にいたる全てのレベルの低酸素適応反応を制御しています。
HIF-1はがん細胞の増殖や転移・浸潤や悪性化進展において鍵になる100以上の遺伝子の発現を調節しており、この中には、血管新生、エネルギー代謝、細胞増殖、浸潤、転移などに関与する多くの遺伝子が含まれています。
腫瘍血管の新生は低酸素で誘導され、また増殖因子は血管新生を促進します。HIF-1は血管新生にかかわる40以上の遺伝子の発現を誘導し,血管新生促進因子の産生スイッチを入れるマスタースイッチと言え、HIF-1の働きを阻害すれば、血管新生を阻害してがん細胞の増殖を抑えることができます。
HIF-1は低酸素だけでなく、がん細胞の増殖シグナル伝達系であるPI-33キナーゼ/Akt/mTORシグナル伝達系を介しても活性化されます。すなわち、増殖因子が受容体に結合してRasが活性化されるとPI-3キナーゼ、AKT、mTORの活性化を介してHIF-1は活性化されます。
【HIF-1の阻害をターゲットにしたがん治療】
低酸素誘導因子-1(HIF-1)はがん細胞の増殖シグナル伝達系であるPI-3 キナーゼ/Akt/mTORシグナル伝達系を介しても活性化されるため、がん細胞では、低酸素状態でなくてもHIF-1活性は亢進しています。
漢方治療で使用される生薬成分の中には、PI-3キナーゼ/Akt/mTORシグナル伝達系を阻害するものも知られていますので、そのような生薬成分を使えば、抗腫瘍効果を高めることができます。
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化がmTOR阻害作用を示すことが知られています。(詳しくはこちらへ)
AMPKを活性化する方法としてメトホルミン、冬虫夏草に含まれるコルジセピン、黄連に含まれるベルベリン、丹参に含まれるクリプトタンシノンなどがあります。 ウコンに含まれるクルクミンにmTOR阻害作用が報告されています。ただ、クルクミンは通常の状態では胃腸からの吸収が極めて悪いため、体内でmTOR阻害作用が期待できるかどうかは不明です。
また、PI3KやAktの活性を阻害する薬草成分やサプリメントも知られています。厚朴に含まれるホーノキオール(honokiol)がAkt活性を阻害することが報告されています。ジインドリルメタンもAktを阻害することが報告されています。 丹参のサルビアノール酸(Salvianolic acid)がPI3K活性を阻害することが報告されています。
ノスカピンがHIF-1の活性を阻害する作用があることが報告されていますので、ノスカピンの併用も有効です。
牛蒡子(ゴボウシ)に含まれるアルクチゲニン(arctigenin)は、Aktの活性阻害や、熱ショック蛋白の発現を阻止するメカニズムによって、栄養飢餓に対する耐性の獲得を阻止することが報告されています。(Cancer Res. 66:1751-1757. 2006)
牛蒡子(ゴボウシ)はキク科のゴボウArctium lappa L. の果実(種子)です。牛蒡(ゴボウ)の根は食用に供されますが、種子は牛蒡子という生薬名で薬用に用いられます。
同じキク科のマリアアザミ(ミルクシスル)に含まれるシリマリンには、グルコ−スの取り込みの阻害作用、HIF活性の阻害作用、PI3/Akt/mTORシグナル伝達系の阻害作用など、複数の機序でがん細胞のワールブルグ効果を阻害する作用が報告されています。
【ミルクシスルに含まれるシリマリンの抗がん作用】
シリマリンには、低酸素誘導因子の活性を抑制する作用や、グルコースの細胞内への取り込みを阻害する効果などが報告されています。以下のような報告があります。
- Silibinin inhibits hypoxia-inducible factor-1alpha and mTOR/p70S6K/4E-BP1 signalling pathway in human cervical and hepatoma cancer cells: implications for anticancer therapy.
(シリビニンはヒトの子宮頸がん細胞と肝臓がん細胞において、低酸素誘導因子-1とmTOR/p70S6K/4E-BP1シグナル伝達系を阻害する:抗がん治療への応用)Oncogene 28(3):313-324, 2009
この論文では、ヒト子宮頸がん細胞(HeLa細胞)と肝臓がん細胞(Hep3B)を使った実験で、シリビニンがHIF-1の産生量を減らし、HIF-1の転写活性を阻害することを報告し、新しい抗がん剤として利用できる可能性を示唆しています。
- Silybin and dehydrosilybin decrease glucose uptake by inhibiting GLUT proteins.(シリビンとデヒドロシリビンはGLUT蛋白を阻害してグルコースの取り込みを減少させる)J Cell Biochem. 112(3):849-59.2011
GLUTというのはglucose transporter(糖輸送担体)の略で、グルコース(ブドウ糖)の細胞内の取り込みを行うタンパク質です。グルコースはそのままでは細胞膜を通過できないため、特別な膜輸送蛋白質の働きによって細胞膜を通過します。このグルコースを輸送するタンパク質がGLUTです。
この論文では、ミルクシスルに含まれるシリマリンの一種のシリビン(Silybin)とその誘導体のデヒドロシリビン(dehydrosilybin)が、細胞におけるグルコースと取り込みを低下させるという実験結果を報告しています。
ベースの取り込みだけでなく、インスリンの作用で増加するグルコースの取り込みも阻害し、インスリンの作用やシグナル伝達には影響せず、GLUT蛋白に直接作用してグルコースの運搬を阻害することを報告しています。
シリビンとデヒドロシリビンはがん細胞の増殖を抑制する効果もあり、その増殖抑制効果のメカニズムとして、このグルコースの取り込み阻害作用の関与を示唆しています。
その他にも、シリマリンには、がん細胞の増殖シグナル伝達系を阻害する作用や、抗酸化作用などによって転写因子のNF-κB活性を阻害する作用、がん細胞の浸潤や転移を抑制する効果など多彩な抗がん作用が報告されています。
シリマリン自体は毒性が極めて低く、抗酸化作用や肝細胞保護作用など抗がん剤治療による副作用を軽減する効果も多くの臨床試験などで確認されています。さらにがん細胞のワールブルグ効果を是正する作用や、増殖シグナル伝達系を抑制する作用があるため、がん治療において併用するメリットが高い成分と言えます。
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図:がん細胞ではグルコース(ブドウ糖)の取り込みと嫌気性解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されている。このようながん細胞に特徴的な代謝異常(ワールブルグ効果と言う)に中心的に関わっているのが低酸素誘導因子-1(HIF-1)で、HIF-1の働きを阻害するとがん細胞のエネルギー産生と物質代謝を抑制し、がん治療に役立つことが指摘されている。ミルクシスル(マリアアザミ)に含まれるシリマリンは、HIF-1活性化の阻害、グルコースの取り込みの阻害、HIF-1を活性化するシグナル伝達系の阻害、HIF-1による遺伝子発現誘導の阻害など複数の作用点においてがん細胞のワールブルグ効果を阻害する作用が報告されており、その特徴的な抗がん作用が注目されている。
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図:ミルクシスル(マリアアザミ)に含まれるシリマリンは、抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減する効果がある。さらに様々な機序で抗がん作用を示し、標準治療の抗腫瘍効果を増強する。副作用はほとんど無く、有効性は多くの臨床試験で確かめられている。サプリメントとして安価に販売されており、がんの標準治療の補完医療として有用性が高い。
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Milk Thisle(ミルクシスル抽出物)
1カプセル中に80%シリマリン含有のミルクシスル抽出物を300mg含む。 (1カプセル当たり240mgのシリマリンを含む) 90カプセル/6,000円(税込み)
製造:DaVinci Laboratories(米国)
シリマリンは肝機能改善や副作用軽減の目的では1日2〜3カプセルを服用します。がん治療の目的では1日3〜6カプセル、あるいはそれ以上を服用します。 |
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欧米ではミルクシスルはがんの補完・代替医療に使われる頻度の高いサプリメントです。当院ではがん治療の目的で使用するため、厚生労働省から薬監証明を取得して医師(福田一典)の個人輸入で購入したものを、医薬品として処方して病気の治療に使用しています。
シリマリンに関するお問い合わせは、メールフォーム、メールinfo@f-gtc.or.jp、あるいは電話(03-5550-3552)でお受けしています。
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