東京銀座クリニック
 
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進行膵臓がんに対するアルファリポ酸静脈注射と低用量ナルトレキソンの治療

肝臓に転移がある進行膵臓がんの患者が、アルファリポ酸静脈注射低用量ナルトレキソンの併用療法と、抗酸化剤の内服や健康的な生活習慣の実践によって、毒性による副作用を全く認めずに長期生存したという報告があります。これは米国ニューメキシコ州の統合医療センターとニューメキシコ州立大学からの症例報告で、論文の概略を以下に紹介します。

【タイトル】
The long-term survival of a patient with pancreatic cancer with metastases to the liver after treatment with the intravenous alpha-lipoic acid/low-dose naltrexone protocol.(アルファリポ酸静脈注射と低用量ナルトレキソンの治療によって長期生存した肝転移のある膵臓がんの症例)Integr Cancer Ther. ;5(1):83-9, 2006年

【症例報告の概略】

患者は46歳の男性で、2002年10月に腹痛と消化不良の症状を自覚してCTやMRIなど検査を受けた結果、膵臓の頭部から十二指腸にかけて浸潤性に増大する膵臓がん(径3.9 x 3,9cm)と、肝臓に複数の転移(最大のものは径5〜6cm)が発見された。肝臓に転移した腫瘍組織の生検によって、組織型は低分化腺がんと診断された。

2002年11月7日よりgemcitabineとcarboplatinによる抗がん剤治療が始まった。しかし、白血球や血小板の減少などの副作用が強く、抗がん剤治療を中止して他の治療を検討するために、権威のあるがんセンターにセカンドオピニオンを受けた。そのがんセンターで十分な検査と受けた結果、がんの進行状態から、これ以上の抗がん剤治療はメリットが無く、もはや治療法は無いという意見であった。 
予後不良の宣告を受けたため、患者はニューメキシコ州の統合医療センター(Integrative Medical Center of New Mexico)で治療を受けることにした。
統合医療センターでは、栄養補助と緩和ケアと免疫増強を目標にした治療を受けた。この治療の主体は、300〜600mgのアルファリポ酸を静脈注射で週2回と、就寝時に4.5mgの低用量のナルトレキソンを服用する方法であった。
さらに、酸化ストレスを軽減することを目的に、3種類の抗酸化剤(1日600mgのアルファリポ酸、1日400μgのセレニウム、1日1200mgのシリマリン)の内服を行った。食事療法や健康的な生活習慣に対するアドバイスにも従った。

1回目のアルファリポ酸の静脈注射のあと、患者は自覚症状の改善を認め、「体力が出て、体調や気分が良くなった」とコメントした。2003年の1月3日のCT検査では、腫瘍の大きさは3ヶ月前と同じで、がんの進行は認められなかったので、この治療をさらに継続することにした。
2004年3月まで治療を継続し、この時点でのCT検査も腫瘍は不変で、増大を認めなかったので、患者は自分の意志で、この治療を中断した。
しかし、2004年7月20日のPET/CT検査では、腫瘍の増大を認め、さらに2004年12月のCT検査で、膵臓と肝臓の腫瘍が明らかに増大し、膵臓の腫瘍は径5cm大になり、肝臓の転移は数が8個に増え、サイズも大きくなっていた。
そこで、患者は前回と同じ治療を再開した。その後、自覚症状は改善し、2005年6月のCTでは腫瘍の進展を認めなかった。

【考察】
膵臓がんの予後(生存期間)は非常に悪く、通常、診断されてからの平均生存期間は3〜6ヶ月である。したがって、膵臓がんの場合は、緩和医療や代替医療が求められることが多い。
この症例報告では、肝臓に転移した進行膵臓がんの代替医療として、以下の治療が行われた。
1)300〜600mgのアルファリポ酸の静脈注射を週2回
2)就寝時に4.5mgのナルトレキソンを内服
3)抗酸化剤の服用:
 300mgのアルファリポ酸を1日2回(600mg/日)
 200μgのセレニウムを1日2回(400μg/日)
 300mgのシリマリンを1日4回(1200mg/日)
4)ビタミンB群のサプリメントを1日3カプセル
5)統合医療センターで推奨している食事療法と、ストレス軽減のリラクセーションや運動のプログラム

この治療によって、この患者の腫瘍は3年以上にわたって進展しない状態が続いているので、症例報告を行った。
患者の判断でこの治療を一時中断したときに、明らかな腫瘍の増大を認めたので、この治療が腫瘍の進行抑制に効果があったことを示している。

この患者が最初に統合医療センターを受診したとき、体重が減少し、精神的かつ肉体的に消耗し、腹痛と吐き気を自覚しており、QOL(生活の質)は悪かった。しかし、最初のアルファリポ酸の投与後に自覚症状は改善した。
アルファリポ酸は抗酸化作用があり酸化ストレスを軽減する。さらに代謝を亢進する作用もある。
ある報告では、アルファリポ酸はヒストンのアセチル化を促進して、がん細胞に細胞死(アポトーシス)を誘導する作用が指摘されている。
さらに、アルファリポ酸ががん細胞の増殖を促進する転写因子のNF-κBの活性を阻害する効果が報告されている。
酸化剤によって起こるがん細胞のアポトーシスをアルファリポ酸が増強する効果が報告されている。過酸化水素を発生してがん細胞を死滅させると言われている高濃度ビタミンC点滴の抗腫瘍効果をアルファリポ酸が増強する効果が指摘されている。
進行がん患者では、IL-6やTNF-αなどの炎症性サイトカインや活性酸素などのフリーラジカルの産生が増え、酸化ストレスが増大している。酸化ストレスはリンパ球の働きを弱め、免疫力を低下させる。
したがって、進行がん患者で酸化ストレスによって免疫力が低下している状態に対して、アルファリポ酸のような抗酸化剤を多く投与することは効果が期待できる
アルファリポ酸が、がん細胞に毒性のあるホモシステインの細胞内濃度を高めて、がん細胞を死滅させるという実験結果が報告されている。
進行がん患者で低下しているTリンパ球の働きをアルファリポ酸が高めるという報告もある。
その他、アルファリポ酸が免疫力を高める効果や、がん細胞を死滅させる効果を示した実験結果が報告されている。

この症例の第2の主な治療の低用量ナルトレキソン療法である。ナルトレキソンは通常の量(50mg/日)を投与すると、オピオイド受容体を完全に阻害して、薬物依存症の治療に効果を発揮する。
一方、4.5mg/日という低用量のナルトレキソンを投与すると、オピオイド受容体の阻害作用は短時間しか続かない。オピオイド受容体を短時間ブロックすると、その間にフィードバック機構によて体内でベータ・エンドルフィンなどのオピオイドの産生が高まる
ベータ・エンドルフィンはTh1リンパ球やナチュラルキラー細胞の活性を高める効果があり、抗腫瘍免疫を増強する
また、免疫増強作用以外にも、ナルトレキソンが直接的にがん細胞の増殖を抑える効果があることが培養がん細胞を使った実験で示されている。
臨床試験では、悪性星細胞種の放射線治療に低用量ナルトレキソン療法を併用すると放射線治療単独よりも1年生存率が高かったという報告がある。
エイズ患者に低用量ナルトレキソン療法を行って免疫増強効果を認めたBihari医師は、450例のがん患者に低用量ナルトレキソン療法を行った。この症例の多くは標準治療で効果を認めなくなった進行がんの患者であった。
定期的に経過観察ができた354例中、86例が明らかな腫瘍縮小(少なくとも75%以上の腫瘍体積の減少)を示し、その他の少なくとも125例が腫瘍の安定か縮小傾向を認めたと報告している。

この症例報告のあと、2009年12月には、さらに3例の同じような症例が、同じ施設(米国ニューメキシコ州の統合医療センター)から報告されています。

Revisiting the ALA/N (alpha-lipoic acid/low-dose naltrexone) protocol for people with metastatic and nonmetastatic pancreatic cancer: a report of 3 new cases.(転移がある/あるいは無い膵臓がん患者に対するアルファリポ酸と低用量ナルトレキソン治療の再報告:新たな3例の症例報告)
Integr Cancer Ther. ;8(4):416-22. 2009年

(要旨)
著者らは前回の論文において、肝臓に転移がある膵臓がん患者が、アルファリポ酸の静脈注射と低用量ナルトレキソンの内服治療を受け、副作用が全く認めず、長期生存している症例を報告した。
その症例は診断から78ヶ月経過した現在も生存している。この論文では、別の3例の膵臓がん患者について報告する。
この論文を書いている時点で、第1例目の患者(GB)は、肝臓に転移を認める膵臓がん(腺がん)と診断されたあと、39ヶ月間、体調の良い状態で生存している。
第2例目(JK)は、肝臓転移のある膵臓がんと診断され、アルファリポ酸の静脈注射と低用量ナルトレキソンの内服治療を受けた。治療開始5ヶ月後にPET検査を行なったところ、腫瘍は検出されなかった(腫瘍が消滅していた)。
第3例目(RC)は肝臓と後腹膜に転移を認める膵臓がんに加えて、B細胞リンパ腫と前立腺がんの既往があった。
アルファリポ酸の静脈注射と低用量ナルトレキソンの内服治療を受け、4ヶ月後のPET検査で腫瘍は消滅していた。
アルファリポ酸は抗酸化作用によって酸化ストレスを軽減し、転写因子のNF-κBの活性を低下させ、がん細胞のアポトーシスを誘導し、がん細胞の増殖を抑える効果がある。
さらに、低用量のナルトレキソンの内服は、免疫力を増強する効果がある。
この論文は、アルファリポ酸の静脈注射と低用量ナルトレキソンの内服治療の膵臓がんに対する有効性を示した2度目の報告である。著者らは、この治療法が臨床試験で検証されるべき価値があると信じている。

【コメント】
肝臓に転移を認める膵臓がんの予後は極めて悪いのが実情です。
通常、gemcitabine(ジェムザール)やTS-1などの抗がん剤が主体になりますが、その効果は満足できるものではなく、多くは数ヶ月から1年程度の生存期間しか期待できません。しかも、抗がん剤治療の副作用で生活の質(QOL)が低下することも問題です。
この症例報告では、抗酸化作用と抗がん作用のあるアルファリポ酸の比較的大量の投与(静脈注射と内服)と、内在性オピオイドであるβエンドルフィンの産生を高めて免疫力を増強する低用量ナルトレキソン療法の併用によって長期生存した進行膵臓がんの症例が報告されています。がんの縮小は見られませんが、増大せず、しかもQOLが良い状態で生活できているという点で、十分に効果があると言えます。

内因性オピオイドの一種のメチオニン-エンケフェリンは別名「Opioid growth factor(オピオイド増殖因子)」とも呼ばれ、がん細胞の増殖を抑制する作用が報告されています。オピオイド増殖因子の受容体が膵臓がんや肝臓がん、卵巣がん、頭頸部扁平上皮がんなど多くのがん細胞に発現しており、オピオイド増殖因子(=メチオニン-エンケフェリン)が結合すると、細胞の増殖がストップすることが報告されています。
膵臓がん細胞を移植した動物実験においてメチオニン-エンケフェリンを投与すると、がんの縮小や延命効果が得られることが報告され、進行した膵臓がん患者を対象にした臨床試験でも腫瘍縮小効果が報告されています。
このような研究結果は低用量ナルトレキソン療法によって内因性オピオイドのメチオニン-エンケファリンやベータ-エンドルフィンの産生増加が膵臓がんなど多くのがんに対して治療効果を示すことを一致しています。

さらに、抗酸化作用のあるアルファリポ酸やセレニウムなどを併用して酸化ストレスを軽減すると、さらに、免疫細胞の活性を高め、がん細胞の増殖を抑える効果が高まります。
抗酸化作用と免疫力増強という観点から漢方治療や、抗炎症作用と免疫寛容の軽減の目的でCOX-2阻害剤のセレブレックスを併用すると、さらに抗腫瘍効果が高まる可能性があります。
メラトニンの免疫力増強や抗ストレス作用の発現に内在性オピオイドを介した作用機序が報告されています。ただ、メラトニンの免疫増強作用をナルトレキソンが増強するという報告と阻害するという相反する意見があります。しかし、低用量ナルトレキソン療法で内在性オピオイドを活性化する効果はメラトニンの抗腫瘍効果を高める可能性があります。

1ヶ月分の費用は、低用量ナルトレキソンが15,000円、メラトニンが5000円です。COX-2阻害剤のセレブレックスが18,000円です。
アルファリポ酸を点滴で600mgを投与する場合は1回に20,000円ですが、アルファリポ酸のサプリメントは安く販売されています。
それほど費用がかからず、副作用はほとんど無いので、進行がんの代替療法としては、試してみる価値があると思います。

低用量ナルトレキソン療法についてはこちらへ


 

 
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