デルタ・トコトリエノールの抗がん作用
HMG-CoA還元酵素を阻害するスタチン(特に脂溶性のシンバスタチン)とδ-トコトリエノールが相乗的な抗腫瘍活性を示すことが明らかになっています。
副作用が出ないレベルのシンバスタチン(1日10mg)に1日10〜20mg/kg程度のδ-トコトリエノールを服用するという方法は、試してみる価値があります。
トコトリエノールはサプリメントとして市販されています。しかし、市販されているトコトリエノールのサプリメンにはトコフェロールが入っているものが多くあります。トコフェロールはトコトリエノールのHMG-CoA還元酵素阻害作用を阻害します。
つまり、シンバスタチンなどのスタチンを使ったらがん治療を試すとき、トコフェロールの含有していないデルタ・トコトリエノールのサプリメントを1日に400から800mg程度摂取すると効果が期待できます。
ベニノキ(Annatoo tree)の種子(seed)に含まれるベニノキ種子油は、トコフェロールをほとんど含有せず、デルタ(δ)トコトリエノールを90%、ガンマ(γ)トコトリエノールを10%含みます(下図)。
図:ベニノキ種子抽出油に含まれるビタミンEはほとんどがトコトリエノール(T3)で、その内90%がδT3、10%がγT3。また、T3の効果阻害作用が報告されているαトコフェロールをほとんど含んでいない。 また、トコトリエノールは消化管からの吸収が悪いのですが、ガンマ・シクロデキストリンで包接すると消化管からの吸収を良くできます。そのような製品としてはシクロケムバイオ社のデルタ・トコトリエノールCDという製品が最も良いようです。(詳細はこちら)
ガンマ・シクロデキストリン(γ-CD)は8個のブドウ糖が環状につながった環状オリゴ糖と呼ばれる天然成分です。γ-CDは底の無いカップ状をしており、その内径は約1nm(ナノメートル=10億分の1メートル)で、その内側は疎水性を、外側は親水性を示し、疎水性(水に溶けにくい)物質をカップ内に取り込み固定します。これを「包接」と呼びます。 デルタ・トコトリエノールをγCDで包接化すると、デルタ・トコトリエノールの安定性と消化管からの吸収性が高まり、生体利用能が向上することが明らかになっています。
図:γ-シクロデキストリンは、とうもろこしや馬鈴薯の澱粉から酵素反応によって合成される8個の ブドウ糖が環状につながったオリゴ糖。バケツのような形 をして、外側は親水性(水に良く溶ける性質)であり、内側は親油 性(油を取り込む性質)を示す。物質を空洞内に取り込む(包接化という)性質を利用すると、油性物質を水に溶かしたり、物質の安定性を高めることができる。 通常のデルタ・トコトリエノールは水に全くなじみませんが、γ-シクロデキストリンで包接化したデルタ・トコトリエノールCDは、とても良く水に分散します。これによって体内への吸収性は飛躍的に向上します。
一般的に、摂取された脂溶性物質は腸内で胆汁酸ミセルに取り込まれて体内に吸収されます。 脂溶性のデルタ・トコトリエノールがγCD包接されると、非常に効率良く胆汁酸ミセルへ取り込まれ生物学的利用能も向上することが明らかとなっています。
図:γ-シクロデキストリンはフタと底のないカップ状の構造で、内側は疎水性(親油性)で外側は親水性の性質を持つことから、その内部空洞に脂溶性のデルタ・トコトリエノールを包み込むことで、胃腸内の水分となじむことができう。その結果、凝集することなく分散し、非常に効率良く胆汁酸ミセルへ取り込まれ生物学的利用能も向上する。
デルタ・トコトリエノールCD
価格:12,000円/30g, 24,000円/ 60g
製造:シクロケムバイオ社ベニノキ(Annatto tree)から抽出されたトコトリエノールを含有。 デルタ・トコトリエノールを20%以上含有。
90% デルタ・トコトリエノールと10% ガンマ・トコトリエノールを含有。トコトリエノールの薬効を阻害するトコフェロールをほとんど含まない。これは1g中に200mg以上のδ-トコトリエノールを含みます。
このデルタ・トコトリエノールCDを1日に2g程度(δ-トコトリエノールとして400mg)摂取すると、がん細胞を死滅する効果が期待できます。
1回に1gを水に溶かして飲みます。カプセルに入れることもできますが、カプセルの量が増えるのと、水に溶解した方が多い量を簡単に服用できます。味はほぼ無味無臭です。これにシンバスタチンを10mg程度を併用すると、がん細胞の増殖を抑制し、細胞死を誘導する効果が期待できます。
CoQ10の体内合成が阻害されるため、CoQ10を補充します。当院ではサプリメント(シクロカプセル化CoQ10)か医薬品のユビデカレノンを 処方しています。ご希望のかたは、メール(info@f-gtc.or.jp)か電話(03-5550-3552)でお問合せください。
【ビタミンEには8種類の異性体がある】
ビタミンE(vitamin E)は脂溶性ビタミンの1種で、1922年に米国のハーバート・エバンス(Herbert M. Evans)とキャサリン・ビショップ(Katharine S. Bishop)によって、ラットの不妊の原因となる食事性因子として発見されました。
ビタミンEが不足すると不妊になることが判明し、人間の生殖においてビタミンEが必要です。 ビタミンEの別名はトコフェロール(Tocopherol)と言いますが、ギリシャ語でTocos=child birth(出産)、pheros= to bear(支える)、ol=alcohol(アルコール)を組み合わせた用語です。つまり、トコフェロールは「胎児の出産に必要な成分」という意味です。ビタミンEの中ではα-トコフェロールが最も多く、ビタミンEの研究はα-トコフェロールが主な対象になっていました。 しかし、ビタミンEは8種類の異性体から構成されています。
すなわちalpha (α)、 beta (β)、gamma (γ)、 delta (δ)-tocopherols (トコフェロール)と α、 β、γ、δ-tocotrienols (トコトリエノール:T3)の8種類で、これらは全てビタミンE(vitamin E)になります。
ビタミンEはクロマン(Chromane)という環式化合物に炭素数16個の側鎖が付くという構造です。 クロマンにつくメチル基(CH3)の位置によってalpha (α)、 beta (β)、gamma (γ)、 delta (δ)に分けられます。
クロマン構造にそれぞれ炭素数16個からなる側鎖が付いています。トコフェロールは二重結合の無い飽和した側鎖です。フィチル(Phytyl)基という脂肪族側鎖です。 一方、トコトリエノールは3個の二重結合をもつ側鎖で、この構造はファルネシル(Farnesyl)基というイソプレノイドになっています。
図:ビタミンEはトコフェロールとトコトリエノールの2種類があり、クロマン(Chromane)というの分子式C9H10Oの環式化合物に炭素数16個の側鎖が付くという構造を持つ。クロマンにつくメチル基(CH3)の位置によってalpha (α)、 beta (β)、gamma (γ)、 delta (δ)に分けられる。トコフェロールは二重結合の無い飽和した側鎖で、トコトリエノールは3個の二重結合をもつ側鎖で、この構造はイソプレノイドになっている。。 イソプレノイド(isoprenoid)というのは、C5単位の「イソプレン」が複数個結合してできた天然有機化合物群です。 「イソプレン」と呼ばれる構造は炭素5個と水素8個(C5H8)でできています。このイソプレン構造が鎖状や環状に結合して、低分子の精油成分(炭素10個のモノテルペン類、炭素15個のセスキテルペン類など)や、高分子のコレステロールやカロテノイドやユビキノンなどが作られます。
基本単位のイソプレンは、メバロン酸経路のイソペンテニル二リン酸が生合成前駆体です(下図)。つまり、植物に含まれるテルペノイドやステロイドはほとんどメバロン酸経路由来です。
図:植物や動物で合成されるイソプレノイドはメバロン酸経路で合成されるイソペンテニル・ピロリン酸由来のイソプレン構造が集まって合成される。
このようなイソプレノイドはメバロン酸経路で作られます。そして、このようなイソプレノイドの中に、メバロン酸経路の律速酵素である3-ヒドロキシ-3−メチルグルタリル補酵素A(HMG-CoA)還元酵素の合成を阻害したり、分解を促進して、メバロン酸経路を抑制する化合物が知られています。
メバロン酸経路の阻害剤は抗がん作用があります。
ビタミンEの中でも、トコトリエノールは、総コレステロール値とLDL コレステロール値を低下させることが示されています。この作用はトコフェロールにはありません。 トコトリエノールがコレステロール値を低下させるメカニズムとして、トコトリエノールのイソプレノイド部分(ファルネシル基)が、コレステロール生成に必要なHMG-CoA還元酵素の量を減らす作用が明らかになっています。
すなわち、トコトリエノールはイソプレノイド構造を持つ点でトコフェロールと異なる薬効を示すことになります。ビタミンEが発見されたのは1922年ですが、ビタミンEの研究はほとんどαトコフェロールを対象に行われました。天然のビタミンEの多くはαトコフェロールだったからです。 トコトリエノールに関しては1990年以前はほとんど研究報告はありません。 1980年代終わりから1990年代に、トコトリエノールのコレステロール低下作用と抗がん作用が報告され始めます。その後の研究で、トロトリエノールの多彩な健康作用が明らかになり、今ではスーパービタミンEと言われるほど注目されています。
トコトリエノールは強力な神経細胞保護作用、抗酸化作用、抗がん作用、コレステロール低下作用が示されています。 抗酸化作用はトコフェロールの数十倍と言われています。 コレステロール合成のメバロン酸経路の律速酵素の3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoAレダクターゼ(HMG-C0A還元酵素)の活性を抑制する作用もあります。 不飽和結合(二重結合)を持つ側鎖は飽和脂肪酸の多い細胞膜を通過しやすいので、肝臓や神経細胞に取り込まれやすいと言われています。
トコトリエノールの消化管からの吸収には胆汁酸が必要で、カイロミクロンに取り込まれて、リンパ管から吸収されます。
【トコトリエノールは多彩なメカニズムで抗がん作用を示す】
トコトリエノールの抗がん作用が具体的に示されるようになったのは1990年代になってからです。動物発がん実験でトコトリエノールの発がん予防効果が検討され、その発がん予防効果が1990年代から報告されるようになりました。その後、様々な実験系でトコトリエノールの抗がん作用が数多く報告されています。
トコトリエノールはがん細胞の増殖抑制や細胞死(アポトーシス)誘導作用があります。 α型とβ型に比較してγトコトリエノールとδトコトリエノールの2つが強い抗がん作用を有することが明らかになっています。
トコトリエノールのHMG-CoA還元酵素阻害作用をトコフェロールが阻害するという報告があります。 つまり、トコトリエノールをがん治療に使用するときには、γトコトリエノールとδトコトリエノールが多く、トコフェロール(特にαトコフェロール)の入っていないことが重要です。トコトリエノールの抗がん作用のメカニズムは多彩です。以下のような報告があります。
①細胞周期を進めるタンパク質の働きを阻害して、細胞の増殖を抑制する。
②がん組織の血管新生を阻害する。
③がん細胞を排除する抗腫瘍免疫を増強する
④がん細胞の移動を阻害して浸潤や転移を抑制する
⑤細胞死(アポトーシス)を誘導するタンパク質を活性化し、細胞死を阻止するタンパク質を阻害することによって細胞死を誘導する
⑥3-ヒドロキシ-3-メチル補酵素A(HMG-CoA)還元酵素の活性を低下してがん細胞の増殖を抑制する
⑦Raf-ERKシグナル伝達系などの増殖シグナル伝達系を阻害する。
⑧炎症性サイトカインの産生を阻害するトコトリエノールはがん細胞の増殖や浸潤・転移や生存を促進する多様な因子をターゲットにして、これらを阻害するので、強力な抗腫瘍活性を発揮します(下図)
図:トコトリエノールは環式構造のクロマンにつくメチル基(CH3)の位置によってalpha (α)、 beta (β)、gamma (γ)、 delta (δ)に分けられる。クロマン構造にそれぞれ炭素数16個からなる側鎖が付いており、3個の二重結合を持ち、イソプレノイドになっている。このイソプレノイド側鎖を持つトコトリエノールはがん細胞の増殖と生存を促進する多彩な分子を阻害する。その結果、トコトリエノールは単独で強力な抗がん作用を発揮する。
【トコトリエノールは臨床試験でも有効性が報告されている】
培養細胞や動物実験でトコトリエノール(特に、γとδ)の抗がん作用が数多く報告されています。以下のような報告があります。
Delta tocotrienol in recurrent ovarian cancer. A phase II trial.(再発卵巣がんにおけるデルタトコトリエノール :第II相試験)Pharmacol Res. 2019 Mar;141:392-396.【要旨】
デルタトコトリエノールは、抗がん活性を示すことが複数のin vitroおよびin vivoの実験で実証されている。この抗腫瘍効果は複数の異なる経路の阻害に依存している。 血管新生阻害作用もあり、ベバシズマブへの相加作用が期待されている。
本研究は化学療法抵抗性卵巣癌におけるトコトリエノールと併用したベバシズマブの第II相試験である。 この研究はまた、治療中の循環腫瘍特異的HOXA9メチル化DNA(HOXA9 meth-ctDNA)の分析も行った。
本研究は23人の患者が対象となった。病気の安定化率は70%で、毒性は非常に低かった。 無増悪生存期間の中央値は6.9ヶ月、全生存期間の中央値は10.9ヶ月で、これは現在の文献の数値と比較してかなり高い。
化学療法の最初のサイクルの後のHOXA9 meth-ctDNAのレベルに従って患者を分割した結果、予後の異なる2つのグループの患者が得られた。化学療法後にHOXA9 meth-ctDNAレベルが増加した患者は、増悪生存期間の中央値は1.4ヶ月、全生存期間の中央値は4.3ヶ月であった。 一方、HOXA9 meth-ctDNAが安定あるいは減少した患者では増悪生存期間の中央値は7.8ヶ月、全生存期間の中央値は12ヶ月であった。
以上の結果から、ベバシズマブとトコトリエノールの併用は化学療法抵抗性の卵巣がんに有効であることが示された。化学療法の1サイクル後のHOXA9 meth-ctDNAのレベルは重要な予後情報を提供する。この臨床試験ではコントロール群(ベバシズマブ単独投与)との比較対照試験でなく、他の臨床試験で得られているベバシズマブ単独投与の成績との比較で評価しています。 その結果、デルタ・トコトリエノールはベバシズマズの抗腫瘍効果を高めるという事です。
膵臓がん患者を対象にした研究もあります。
A Phase I Safety, Pharmacokinetic, and Pharmacodynamic Presurgical Trial of Vitamin E δ-tocotrienol in Patients with Pancreatic Ductal Neoplasia.(膵腺管がん患者の手術前におけるビタミンEδ-トコトリエノールの安全性、薬物動態、薬力学的研究の第1相試験)EBioMedicine. 2015 Nov 14;2(12):1987-95.【要旨】
研究の背景:植物由来の天然ビタミンEの一種であるδ-トコトリエノールは、膵臓がんの前臨床モデルにおいて抗がん活性および発がん予防活性を示している。ここでは、手術前の膵臓がん患者を対象に、δ-トコトリエノールの安全性、忍容性、薬物動態、およびアポトーシス活性を評価するための臨床試験で行った。
方法: 患者は、手術前の13日間と手術当日に1日に1回のδ-トコトリエノールを経口摂取した。用量は200〜3200mgで漸増した。主要評価項目は、安全性、δ-トコトリエノールの薬物動態、およびがん細胞のアポトーシスの評価であった(ClinicalTrials.gov番号NCT00985777)。
所見:25名の治療を受けた患者において、用量制限毒性は見られなかった。したがって、最大耐用量には達しなかった。 1人の患者が1日3200 mgの用量レベルで薬物関連有害事象(下痢)を経験した。 δ-トコトリエノールの有効半減期は約4時間であった。δ-トコトリエノールの血漿中濃度は変動幅がかなり大きいが、前臨床モデルで示された薬効のあるレベルに達した。切断カスパーゼ−3レベルの増加によって評価されるがん細胞におけるアポトーシスの有意な増加は、1日量400mg〜1600mgを投与した患者のほとんどに見られた。
考察:膵臓がんの外科手術前に2週間経口摂取された200mgから1600mgのδ-トコトリエノールは、耐容性が良好であり、血中濃度は抗腫瘍活性を示すレベルに達し、そして膵臓がん細胞にアポトーシスを有意に誘導した。これらの有望な結果は、膵臓がんの化学予防および治療のためのδ-トコトリエノールのさらなる臨床研究を保証するものである。手術を控えた膵臓がん患者に200mgから3200mgのδ-トコトリエノールを術前14日間投与しています。
その結果、3200mgで下痢をして患者が1名いただけで、その他の副作用はほとんど認めなかったという結果です。 この投与量で、δ-トコトリエノールを血中濃度は、培養細胞や動物実験などで得られている有効濃度に達することを認めています。
さらに、1日量400mg〜1600mgを14日間投与した膵臓がん患者のほとんどで、がん組織中のアポトーシスの増加を認めています。 つまり、1日量400mg〜1600mgのδ-トコトリエノールの服用は膵臓がん細胞を死滅させる可能性を示しています。
ビタミンEのがん予防効果に関する臨床試験は何件が行われていますが、いずれも有効性は認められていません。しかし、これはα-トコフェロールを使っての臨床試験です。 つまり、最もポピュラーはビタミンEであるα-トコフェロールには、がん予防効果もがん治療効果も無いというのが、現在のコンセンサスです。
しかし、もう一つのビタミンEであるトコトリエノールについては、全く話は別のようです。 トコトリエノール、特にガンマ(γ)・トコトリエノールとデルタ(δ)・トコトリエノールは多くの基礎研究(培養細胞や動物を使った研究)でがん予防効果やがん細胞の増殖抑制効果などの抗がん作用が明らかになっています。 そのメカニズムの研究も数多く報告されています。
上記の論文の著者らは、以前にK-rasを変異させて膵臓がんを発症させるトランスジェニック・マウスを使った実験で、δ-トコトリエノールが膵臓がんの発がんを抑制する結果を報告しています。 さらに、K-rasとp53を変異させたトランスジェニック・マウスを用いた実験で、δ-トコトリエノールが膵臓がんの増殖や転移を抑制して生存期間を延長する結果を報告しています。この実験では、δ-トコトリエノールが膵臓がん細胞にアポトーシスを誘導し、正常細胞には影響しないことを示しています。
そこで、ヒトの膵臓がんで検討したわけです。 この研究では99%の純度のδ-トコトリエノールをMCTオイル(中鎖脂肪酸トリグリセライド)に溶解してソフトゲルカプセルに入れて投与しています。 1日200mg(100mgを2回)からスタートして1回200, 300, 400, 800, 1600mgを1日2回と増量しています。手術当日以外は食後に水と一緒に服用しています。
400mg/日以上を摂取した患者のδ-トコトリエノールの最大血中濃度(Cmax)の平均は2111 ± 1940 ng/mL or 5.32 ± 4.89 μMでした。この濃度は培養細胞やマウスの実験で示された有効濃度に達しているといういうことです。
がん組織中のアポトーシス細胞(活性化したcaspase-3陽性細胞)の数をδ-トコトリエノールを投与していない患者と比較し、δ-トコトリエノールを400から600mg以上の投与でアポトーシス細胞の増加を認めています。
この論文では1日800mgのδ-トコトリエノール摂取が良いと言っています。 マウスの実験では1日に100mg/kgのδ-トコトリエノールの投与で顕著な抗腫瘍活性が認められています。この値は人間に換算すると10〜20mg/kgに相当します。 体重60kgで600から1200mgの摂取が推奨されます。
【シンバスタチンとδ-トコトリエノールの併用によるがん治療】
HMG-CoA還元酵素を阻害すると肝臓でのコレステロール生合成を抑制することができるため、多くのHMG-CoA還元酵素阻害剤が開発され高脂血症治療薬として臨床で使われています。このようなHMG-CoA還元酵素の働きを阻害することによって血液中のコレステロ-ル値を低下させる薬(HMG-CoA還元酵素阻害剤)の総称をスタチン(Statin)といいます。
コレステロール合成やメバロン酸経路の阻害の目的であれば、スタチンの使用だけで目的を達成できるようにも思います。しかし、これには問題もあります。
スタチンでHMG-CoA還元酵素の活性を阻害すると、細胞はHMG-CoA還元酵素の発現を増やしたり、分解を阻止して、HMG-CoA還元酵素の量を増やすメカニズムが作動するからです。 多くの酵素反応はフィードバック機序で制御されており、HMG-CoAの活性が阻害されると、その産生産物(コレステロールなど)の低下を感知して、細胞はHMG-CoAの量を増やすのです。
コレステロールは多くの生物学的過程で必須な働きを担っているので細胞内のコレステロール量が不足すると細胞機能に支障をきたします。しかし、コレステロールが過剰に合成されると細胞に毒性を示します。従って、細胞内のコレステロールのレベルを感知してコレステロール合成を調節する仕組みが存在します。スタチン(特に脂溶性のシンバスタチン)にトコトリエノール(特に、ガンマとデルタ型)の併用は、HMG-CoAの活性とタンパク質レベルを減少させ、メバロン酸経路を効率的に阻害して、がん細胞の増殖を阻害し、細胞死(アポトーシス)を誘導できます。
図:グルコースの解糖や脂肪酸のβ酸化で産生されたアセチルCoA(①)は、アセトアセチルCoAを経て3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル補酵素A(HMG-CoA)に変換される(②)。HMG-CoAはHMG-CoA還元酵素によってメバロン酸に変換され(③)、メバロン酸からゲラニル・ピロリン酸(④)、ファルネシル・ピロリン酸(⑤)が合成され、さらにコレステロールが合成される(⑥)。ファルネシル・ピロリン酸からゲラニルゲラニル・ピロリン酸が合成され、このゲラニルゲラニル・ピロリン酸とファルネシル・ピロリン酸は低分子量Gタンパク質のRasやRhoをプレニル化して活性化する(⑦)。さらにメバロン酸経路の中間代謝産物はインスリン様成長因子-1(IGF-1)受容体の活性化にも関与する(⑧)。これらはがん細胞の増殖を促進する(⑨)。高脂血症治療薬のスタチンはHMG-CoA還元酵素とHMG-CoAとの結合を競合阻害することによってHMG-CoA還元酵素の活性を阻害する(⑩)。ビタミンEの一種のデルタ(δ)-トコトリエノールはHMG-CoA還元酵素の分解を促進する(⑪)。その結果、デルタ-トコトリエノールはスタチンの抗腫瘍効果を増強する。
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