Evidence-based Medicine(根拠に基づく医療、EBM)を重視する西洋医学のがん専門医の大半は、漢方治療の有効性や安全性は根拠が乏しいと考えており、抗がん剤治療中に漢方治療を併用することは推奨できないという意見です。しかし最近は、抗がん剤治療に漢方薬治療を併用すると、副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高めるという信頼度の高い臨床試験の結果が数多く発表されるようになりました。
2006年のJournal of Clinical Oncologyという学術雑誌には、進行した非小細胞性肺がんに対して白金製剤(シスプラチンやカルボプラチン)を使用した抗がん剤治療に、黄耆(オウギ)を含む漢方製剤を併用すると、生存率や奏功率が上昇し、副作用が軽減されるというメタ・アナリシスの結果が報告されています(表)。
メタ・アナリシスとは、複数の同じテーマの研究結果のデータを統合して統計的に分析する研究手法です。ひとつ一つの臨床研究では症例数が少なくて統計的な精度や検出力が不十分であったり、研究間で結果が異なるなど、明確な結論が得られないことがあります。これを解決するために、過去に行われたランダム化比較試験の中から信頼できるものを全て選び、統計的に総合評価を行うことによって、その治療法の有効性を評価する方法がメタ・アナリシスです。EBMの考え方ではメタ・アナリシスの結果がもっとも強い証拠とされています。
この論文では、白金製剤をベースにした抗がん剤治療を受けた進行した非小細胞性肺がん患者において、抗がん剤単独のグループと、抗がん剤治療に黄耆を含む漢方薬を併用したグループに分けて比較検討された34のランダム化臨床試験の結果をメタ・アナリシスの手法で解析しています。
このメタ・アナリシスで解析された臨床試験では、黄耆とその他の複数の生薬を組み合わせた漢方薬(中医薬)と、黄耆から抽出したエキスを加工した注射薬が使われていますが、内服薬も注射薬も同じような有効性が示されています。
例えば、黄耆を含む内服の漢方薬を抗がん剤治療に併用した場合、抗がん剤単独の場合と比較して、12ヶ月後の死亡数が30%以上減少し、奏功率やQOL(生活の質)の改善率は30%以上上昇し、高度の骨髄障害の頻度が半分以下になるという結果が示されています。
以下の表は、黄耆を含む漢方薬と抗がん剤治療の相乗効果をメタアナリシスで検討した論文の抜粋です。
タイトル:Astragalus-based Chinese herbs and platinum-based chemotherapy for advanced non-small-cell lung cancer: meta-analysis of randomized trials.(進行した非小細胞性肺がんに対する黄耆をベースにした漢方薬と白金製剤をベースにした抗がん剤治療:ランダム化臨床試験のメタ・アナリシス)
|
出典:J Clin Oncol. 24(3):419-430, 2006
McCulloch M, 他 (University of California, Berkeley School of Public Health, Division of Epidemiology, Berkeley, CA 94720, USA.)
|
【目的・方法(抜粋)】進行した非小細胞性肺がん患者に対して、白金製剤(シスプラチンやカルボプラチン)を中心とした抗がん剤治療において、黄耆を含む漢方薬を併用した場合の効果を検討した34のランダム化臨床試験(患者総数2815人)の結果をメタアナリシスの統計的手法で検討した。
|
【結果】 |
検討項目
|
評価できた臨床試験の数(n=患者数)
|
抗がん剤治療のみの場合を1.0として、漢方薬を併用した場合の相対比Risk Ratio ()内は95%信頼区間 *1
|
6ヶ月後の死亡数 |
7試験(n=529) |
0.58(0.48〜0.71)*2 |
12ヶ月後 |
12試験(n=940) |
0.67(0.52〜0.87) |
24ヶ月後の死亡数 |
9試験(n=768) |
0.73(0.62〜0.86) |
36ヶ月後の死亡数 |
6試験(n=556) |
0.85(0.77〜0.94) |
奏効率 *3 |
30試験(n=2472) |
1.34 (1.24〜1.46) |
Performance status(一般全身状態)の維持・改善 *4 |
12試験(n=1095) |
1.36(1.21〜1.54) |
Grade III又はIVの白血球減少 |
9試験(n=808) |
0.39(0.24〜0.63)*5 |
Grade III又はIVの血小板減少 |
6試験(n=777) |
0.36(0.11〜1.21) |
Grade III又はIVの血色素減少 |
5試験(n=500) |
0.26(0.13〜0.49) |
【結論】黄耆をベースにした漢方薬治療は、白金製剤を使用した抗がん剤治療の有効性を高める。この結果は厳密にコントロールされ大規模なランダム化比較試験で確認する必要がある。 |
注釈
* 1:95%信頼区間が1.0を挟んでいなければ、統計的に有意差があると判断される。
*2:抗がん剤と漢方薬を併用した場合の6ヶ月後の死亡数(率)が抗がん剤だけの場合の死亡数の0.58倍であったという意味。95%信頼区間が1.0を挟んでいないので、統計的に有意な差であると言える。
*3:奏功率は抗がん剤治療によって腫瘍の縮小が認められた症例の割合を示し、ここでは全症例数のうち、complete response または partial response を示した症例の割合で比較している。奏効率のRisk Ratioが1.34というのは、抗がん剤治療によってがん組織が縮小した率が、漢方治療を併用することによって抗がん剤治療のみの場合の1.34倍になったことを意味している。95%信頼区間が1.0を挟んでいないので、この差は統計的に有意と考えられる。
*4:一般全身状態はKarnofsky performance scaleの10段階評価を用い、一般全身状態が維持あるいは改善された率を比較。漢方薬の併用によって一般全身状態の維持・改善した率が1.36に上昇したことを示している。
*5:抗がん剤の有害反応の程度分類において、重篤な有害反応とみなされるgrade III〜IVを呈した患者の数を比較し、Risk Ratioが0.39になったというのは、漢方薬の併用によって重篤な白血球減少を示した患者数が0.39 に減少したことを示す。
|