東京銀座クリニック
 
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転写因子NF-kBの阻害を目標としたがん治療

がん細胞でNF-κBという転写因子(遺伝子の発現を調節する細胞内のタンパク質)の活性が高まると、がん細胞は死ににくくなり、増殖や転移が起こりやすくなります。さらに、がん細胞や炎症細胞のNF-κB活性が高まると、内皮細胞増殖因子(VEGF)単球走化因子-1(monocyte chemoattractant factor-1)やインターロイキン-8(IL-8)シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)など、腫瘍血管の新生に関与する蛋白質の産生が増加します。したがって、NF-κB活性を抑制すると、がん細胞の増殖や転移を抑えることができます
しかしNF-κBは免疫細胞の働きにおいても重要な役割を果たしているので、NF-κBを阻害することは免疫力を弱める可能性もあります。
したがって、がん治療においてNF-κBの阻害は一長一短があるのですが、進行したがんの勢いを止めるためや、抗がん剤の効き目を高める目的には有効な治療と考えられます。

【理論的根拠】

1。腫瘍血管の新生は、炎症細胞から放出されるIL-8単球走化因子-1というサイトカイン(炎症反応や免疫反応を調節する蛋白質)や内皮細胞増殖因子(VEGF)プロスタグランジンE2などの伝達物質により促進されます。プロスタグランジンE2はがん細胞の増殖を促進する作用もあります。

2。プロスタグランジンE2は炎症細胞やがん細胞から作られるシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)により合成されます。IL-8やCOX-2や単球走化因子-1やVEGFの遺伝子発現は、いずれも転写因子のNF-κBの活性化により起こります。

3。フリーラジカルによる酸化ストレスや、炎症反応の中心的なメディエーターである腫瘍壊死因子α(tumor necrosis factor-alpha, TNFα)は、転写因子のNF-κBを活性化します。

4。がん細胞内でNF-κBが活性化すると、がん細胞は死ににくくなり、抗がん剤に抵抗性になります

従って、「フリーラジカルを消去して酸化ストレスを軽減」して、「NF-κBの活性を抑制」したり、「TNF-αやCOX-2の働きを抑える」治療により、がん組織に行く血管の新生が抑制され、がん細胞の増殖活性が低下し、体に負担をかけずに「がんとの共存」あるいはがんの縮小が期待できます。

【NF-κB活性阻害の効果のある薬剤・サプリメント】

1。NF-κB活性化の抑制抗酸化剤(酸化ストレス軽減)サリドマイド(TNF-α産生阻害)

抗酸化性のビタミンであるビタミンC, E, ベータカロテン、COQ10αリポ酸、抗酸化酵素の働きを高めるセレニウム、植物成分のフラボノイド類などを摂取すると、フリーラジカルを消去して細胞の酸化ストレスを軽減する結果、NF-κBの活性化を抑制する効果が期待できます。

サリドマイドには腫瘍壊死因子α(TNF-α)の産生を抑制する作用が知られています。腫瘍組織内のTNF-αの産生を抑えればがんをおとなしくさせることができます。サリドマイドにはNF-κBの活性そのものを抑える作用も報告されています(サリドマイドの作用機序
サリドマイドの詳細は こちら

2。NF-κB活性化の阻害セスキテルペンラクトン、レスベラトロール、クルクミンなど

植物に含まれるセスキテルペン(Sesquiterpene)類は、抗炎症作用や抗がん活性などの作用によって注目されています。
パルテノライド(Parthenolide)というセスキテルペンが、NF-κBを強力に阻害することが報告されています。このパルテノライドという物質は、欧米で関節炎や偏頭痛の治療に使われているフィーバーフュー(Tanacetum parthenium,ナツシロギク)というハーブの主成分です。
パルテノライドとよく似たセスキテルペンにコスツノライド(costunolide)があります。コスツノライドは木香という生薬に含まれており、発がん予防効果などが幾つも報告されている物質です。パルテノライドやコスツノライドなどのエスキテルペン類には、がん細胞のNF-κBの活性を阻害することによって、抗がん剤の効き目を高める可能性が報告されています。

また、ぶどうの皮などに含まれるレスベラトロール(Resveratrol)という物質は、がん、の予防効果が報告されていますが、NF-κB阻害作用も報告されています。ウコンに含まれるクルクミンは抗酸化作用や抗炎症作用によるがん予防効果が報告されていますが、クルクミンがNF-κB活性を阻害するという報告もあります。

漢方薬に使用される生薬の中には、セスキテルペンラクトンやレスベラトロールやクルクミンを含むものが知られています。そのような生薬を利用するとがん細胞のNF-κB活性を阻害して抗腫瘍効果が期待できます。

3。NF-κB活性化の結果起こるCOX-2の阻害COX-2阻害剤、ω3多価不飽和脂肪酸

シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)は炎症性細胞内に存在してプロスタグランジンを合成する酵素として知られていますが、多くのがん細胞にも存在して、増殖や転移や血管新生を促進する作用が知られています。この酵素を阻害することにより、がんの増殖や転移を防ぐ効果が期待できます。(COX-2阻害剤の抗がん効果については こちらへ )

DHA(ドコサヘキサエン酸)などのω-3多価不飽和脂肪酸はCOX-2から産生されるプロスタグランジンE2の合成を阻害するので、がん細胞の増殖抑制や血管新生阻害作用が期待できます。DHAは健康食品として販売されています。
DHAの抗がん作用については こちら
DHAのサプリメントについてはこちら

4。漢方薬

漢方薬を構成する生薬の成分のなかにNF-κBやCOX-2を阻害するものが知られています。前述のセスキテルペン類の他にも、黄連や黄柏という生薬に含まれるベルベリンアルカロイドにはCOX-2の遺伝子転写を抑える作用が報告されています。

生薬にはフラボノイドをはじめ、多くの抗酸化物質が含まれており、細胞の酸化ストレスを軽減する効果もNF-κBやCOX-2の活性を抑制することにつながります。

NF-κB阻害剤は免疫力を抑える可能性がありますが、そのような不都合も漢方薬の免疫力増強作用を併用すればある程度は防げます。

5。ジインドリルメタン

アブラナ科植物に含まれる抗がん成分のジインドリルメタンにはNF-κB活性を阻害する効果が報告されています。ジインドリルメタンはNF-κB活性を阻害することによって、がん細胞の抗がん剤感受性を高める効果が報告されています。ジインドリルメタンは米国ではサプリメントとして販売されています。
ジインドリルメタンの抗がん作用についてはこちら

6。ノスカピン

ノスカピン(Noscapine)はモルヒネと同じくけしの液汁(アヘン)に含まれる植物アルカロイド性の成分です。『非麻薬性中枢性鎮咳剤』に分類されている医薬品で、咳止め(鎮咳薬)としては1950年代から多くの国で使用されています。
咳止めとして使用される量より多い量のノスカピンを服用すると、抗がん作用があることが報告されています。がんの代替医療において、乳がん、肺がん、前立腺がん、卵巣がん、脳腫瘍、悪性リンパ腫、白血病など多くのがん種に使用されています。
ノスカピンには細胞の分裂に重要な役割を果たす微小管の働きを阻害する効果があります。 さらに、転写因子のNF-κB活性を阻害する作用があり、抗がん剤の感受性を高める効果が報告されています。

Noscapine, a benzylisoquinoline alkaloid, sensitizes leukemic cells to chemotherapeutic agents and cytokines by modulating the NF-kappaB signaling pathway.(ベンジルイソキノリン・アルカロイドのノスカピンは、NF-κBシグナル伝達系に作用して抗がん剤やサイトカインに対する白血病細胞の感受性を高める)Cancer Res.70(8):3259-68., 2010.

【要旨】
ノスカピンの抗がん作用のメカニズムは不明な点も多い。転写因子のNF-κBは炎症やがん細胞の増殖・浸潤・血管新生に重要は役割を果たしている。ノスカピンの抗がん作用と、NF-κBシグナル伝達系との関係を検討した。サイトカインや抗がん剤によって誘導されるがん細胞のアポトーシスをノスカピンは増強した。
ノスカピン単独投与で、ヒト白血病細胞と骨髄腫細胞の増殖を抑制し、細胞の生存に必要な蛋白質の発現レベルを低下させた。細胞の増殖、浸潤、血管新生に関与しNF-κBによって発現が調節されている蛋白質の誘導性発現を抑制した。ノスカピンはIκBキナーゼの活性を阻害してIκBαのリン酸化と分解を抑制し、さらに、p65のリン酸化と核への移行を抑制することによってNF-κBの活性化を抑制した。NF-κBによって活性化されるCOX-2プロモーター活性をノスカピンは阻害した。
以上のことから、
ノスカピンはNF-κBの活性を低下させることによって、白血病細胞の増殖を抑え、腫瘍壊死因子や抗がん剤に対する腫瘍細胞の感受性を高めることができる


ノスカピンについてはこちらへ

以上をまとめると、がん細胞のNF-κB活性を阻害するには、
野菜や果物を多く食べて抗酸化力を高め、肉は減らして新鮮な魚を食べてω3不飽和脂肪酸を補給しながら、場合によっては抗酸化性のサプリメント(ベータカロテン、ビタミンC、E、セレニウム、COQ10、αリポ酸、セレン)やDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)を摂取することが基本となります
これをベースにしながら、COX-2阻害剤(セレブレックス)サリドマイド漢方薬ジインドリルメタンノスカピンを併用すれば、NF-κBによるがんの増悪をかなり防ぐことができます。

(注1)転写因子のNF-kBが活性化されると抗がん剤が効きにくくなる:

がん細胞が抗がん剤によってDNA合成や細胞分裂が阻害されると、アポトーシスという細胞死のメカニズムが作動してがん細胞が死んでいきます。一方、細胞にはアポトーシスによる細胞死に抵抗する仕組みもあります。転写因子のNF-kBが活性化されるとがん細胞は死ににくくなることが知られています。

51 細胞の機能はいろんな働きをもった蛋白質によって調節されています。蛋白質は遺伝子であるDNAからメッセンジャーRNA(mRNA)が作られ、このmRNAから蛋白質が合成されます。DNAからmRNAを作る過程を「転写」といい、転写を調節している蛋白質を転写因子といいます。

NFκBも一種の転写因子で、特に炎症や免疫に関連する蛋白質を作り出すときに活性化されます。種々のがん細胞でも、増殖刺激や酸化ストレスなどで活性化され、細胞が死ににくくする蛋白質の合成にも関与しています。抗がん剤が効きにくくなったがん細胞ではNFκBの活性化が関連していることがありますNF-κBの活性を抑えるような薬を使うと、がん細胞が死にやすくなって抗がん剤の効き目が上がることが報告されています

(注2)NF-κBの活性化とは:

NF-κB(nuclear factorκB)は細胞質に存在し、IκB(inhibitor of κB)と呼ばれる制御蛋白質と複合体を形成し、不活性型で細胞質に局在しています。炎症性刺激や酸化ストレスによりIκBのセリン基をリン酸化する酵素複合体であるIκBキナーゼ(IKK)が活性化されてIκBをリン酸化し、さらに蛋白分解の目印となるユビキチンが結合し、プロテアソームで分解されます。
IκBでマスクされていた核内移行シグナルが露出して、NF-κBは核に移行できるようになります。NF-κBはDNA上のκBモチーフ (GGGACTTTCC) と呼ばれる配列に結合し、目的遺伝子の転写活性化を行います。(下図参照)
がん細胞内でNF-κBが活性化されると、抗がん剤に対して抵抗性になって死ににくくなり、転移を起こしやすくなることが知られています。NF-κBの活性を阻害する薬を併用すると抗がん剤の感受性を高めることができることが多くの実験で明らかになっています。


 
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