国立がん研究センターは3月28日に「現状では原子炉での作業者を除き住民に健康問題はなく、食品や水も十分すぎるほど安全といえる」とする見解を発表しました。政府も「直ちに健康には影響しない」と言っています。確かに、現状では、放射能漏れによる被曝(大気や野菜や水道水などからの放射線被曝)は、多く見積もってもせいぜい年間数ミリシーベルト以下であり、発がんリスクが高くなるレベル(200ミリシーベルト以上)からはかなり低いと言えます。
病院で放射線治療にあたる技師の年間被曝上限は50ミリシーベルトで、放射線影響協会によると、200ミリシーベルト以下では人体への影響が臨床例でほとんど報告されていない、がんになる確率はほとんど増えないと言っています。
一般的には、100ミリシーベルト以上の蓄積でなければ発がんのリスクは上がらないと考えられています。危険が高まると言っても、100ミリシーベルトの蓄積で0.5%程度という記述もあります。人間は一生の間に約50%の確率でがんを発症しますので、それが50.5%になる程度だからほとんど無視できるという解説もあります。
短期間に数百ミリシーベルトを被爆するとがんの発生率は高くなりますが、同じ量の被爆でも数年かかる場合には、発がんリスクはほとんど上がらないと考えられています。放射線でダメージ(変異)を受けたDHAが修復するからです。
しかし、DNA変異の修復は100%ではありません。DNA修復にエラーが発生するから多くの人にがんが発生している事実を認識する必要があります。
人間のがんは、多因子の複合的な作用で発生します。大量の放射線を被曝して発生するがんは特殊な場合です。タバコや食生活や日光や宇宙線や大気汚染など、様々な発がん要因が複合的に長期に作用してがんが発生しています。
発がんの原因として、タバコと食事がそれぞれ30%程度を占めています。放射線も3%程度を占めています。この場合の放射線は自然放射線と医療放射線(放射線治療やエックス線検査)によります。
日本の場合、自然放射線は1年間で一人平均約1500マイクロシーベルト程度で、医療放射線は1年間に一人平均で2000〜3000マイクロシーベルト(2〜3ミリシーベルト)と言われています。つまり、年間一人平均3〜4ミリシーベルトの放射線被曝が日本人に発生するがんの原因の3%程度を占めている計算になります。3%というのは年間2万人のがん発生に相当します。
通常のエックス線検査ががんの発生を高める事実が複数の疫学研究で明らかになっています。
例えば、2004年の英国からの論文(Lancet 363:345-351, 2004)では、「英国を含む15カ国を調査対象に、各国のエックス線検査の頻度、放射線被ばく量と発がんの危険性などのデータから75歳までにがんを発症する人の数を推定したところ、日本では年間発症するがんの3.2%が医療機関でのエックス線検査(CT検査を含む)による被ばくに起因すると見られ、他の14カ国における割合(0.6-1.8%)と比べて突出して高くなっている」と報告されています。
発がんの原因としてタバコと食事がそれぞれ30〜35%を占めていますので、放射線による発がんへの寄与が2〜3%程度というのは、がんの原因としては低いことは確かです。しかし、年間一人当たりの自然放射線量は日本では1.5〜2ミリシーベルト程度に比べ、日本国民一人当たりの医療被曝(エックス線検査など)は1年間の平均で2〜3ミリシーベルトと言われており、自然放射線量よりも医療被曝の方がかなり多いことが問題視されています。
また、米国では2007年に7200万件のCT検査が実施され、これらの検査による放射線被曝によって将来約29000例のがんが発生する(このうち約半分ががんで死亡)という推計が報告されています。これは米国のがん罹患数(2008年)140万例の約2%に相当します。 (Arch Intern Med, 169:2071-7, 2009)
この論文の考察の中には、1回のCTスキャンで10ミリシーベルトの被曝を受け、被曝によるがん死亡は2000回のCTスキャン当たり1例になるという推計が記載されています。この割合だと、20回のCT検査を受けても、放射線被爆に起因するがんが発生して死亡する確率は1%増える程度という計算になります。普通の生活をして一生の間にがんで死亡する確率が30〜40%程度ですので、20回のCT検査を受けると30%の確率が31%になる程度なので、それほど大きな数字とは言えません。
したがって、CT検査の放射線被曝による個人レベルの発がんリスクは小さいという意見は間違ってはいないのかもしれません。しかし、多数のCT検査が行なわれれば、集団レベルでの発がんリスクは無視できない大きさになる(全体のがんの2%)と言えます。少なくとも、日本や米国では、発生したがんの2〜3%がCTなどのエックス線検査に依るものであるのは確かなようです。
心筋梗塞の患者は検査や治療(心臓カテーテル検査など)で一人1年に5.3ミリシーベルトの医療被曝を受けており、その被曝によるがん発生への影響を計算すると、10ミリシーベルト当たり5年間の追跡でがんの発生率が3%上昇するという推計が報告されています。(CMAJ, March 8, 2011, 183(4))
CT検査も回数が増えれば、個人単位でも無視はできない発がんリスクとなります。
さて、福島原発事故による放射能汚染が極めて少ないということを説明するときに、テレビなどの解説では、「CT検査1回で6.9ミリシーベルトを被曝するので、原発事故による放射線汚染はほとんど問題ない」というようなコメントがなされています。
一般の人は、「病院で受ける医療行為であるCT検査が人体に害があるはずは無い」→「CT検査で受ける放射線の量に比べると福島原発事故による大気汚染の放射線量は極めて少ない」→「したがって、原発事故による放射線の大気汚染は問題ない」という3段論法に納得しているのかもしれません。
しかし、これは、「CT検査で受けている放射線量が人体に影響ない(害を及ぼさない)」という前提で成立つ説明です。しかし前述のように「CT検査は発がんリスクを高める可能性がある」というのが医学界の常識です。体に害はあっても、医療上のメリットがあるからCT検査が行われているわけで、CT検査そのものが安全というのは全くの間違いです。CT検査の被曝量を比較に持ち出すのは、政府やメディアによる世論操作の意味合いもあるのかもしれません。
CTよりもずっと放射線量の低い胸部レントゲン(50マイクロシーベルト)でも、定期健診などで「妊婦や妊娠している可能性のある方は受けないように」という注意が促されます。
政府の発表では「直ちに健康には影響しない」と言っていますが、長期に及べば、たとえ年間数ミリシーベルトでも、被曝量に比例して健康被害は発生すると考えるべきです。個人レベルでは発がんに対する寄与は数%ですが、集団としてみれば多数のがんの発生に寄与していると考えるのが妥当です。
ただし、低線量放射線被曝の発がんリスクは、喫煙や大量飲酒に比べると、極めて低いのは確かです。日頃から喫煙や大量飲酒をしている人の発がんリスクは100〜1000ミリシーベルト以上(量と期間による)の放射線被曝に相当すると考えられています。したがって、喫煙や大量飲酒(日本酒換算で1日3合以上)を行っている人は、放射線被曝の心配をしても、あまり意味は無いかもしれません。